経営判断を鈍らせる疲労——経営者のための回復戦略
「週末にしっかり休んだはずなのに、月曜の朝から疲れている」「以前なら一晩寝れば戻った疲れが、抜けなくなった」「夕方になると、判断のキレが鈍るのを感じる」——責任ある立場で走り続ける方ほど、こうした実感を抱えておられます。
疲労は、ただ気力でやり過ごせばよいものではありません。とりわけ経営者にとって、疲労は判断の質に直結する、見過ごせないコンディションの問題です。そして厄介なのは、「休むこと」と「回復すること」は、必ずしも同じではないという点にあります。
この記事では、疲労にはどんな種類があるのか、なぜ休んでも回復しきれないのか、そして多忙な経営者でも実践できる「回復の戦略」を、できるだけわかりやすく解説します。
目次
「疲労」は一つではない——体の疲れと脳の疲れ
ひとくちに疲労といっても、大きく二つの種類があると考えられています。
ひとつは、体の疲れ(末梢性疲労)です。筋肉を使った後に感じる、いわゆる肉体的な疲れがこれにあたります。経営者の方が日常で感じる疲労は、必ずしもこちらが中心ではありません。
もうひとつが、脳の疲れ(中枢性疲労)です。長時間にわたって考え、判断し、緊張を保ち続けることで、脳そのものが疲れていく状態を指します。会議や交渉、重い意思決定を重ねた日に感じる、あの「頭が重い」「これ以上は考えられない」という感覚は、まさに中枢性の疲労だと考えられています。
経営者を悩ませる疲労の多くは、この脳の疲れ——あるいは体と脳の疲れが折り重なったもの——だと言えます。だからこそ、体を横にして休むだけでは、すっきり回復した実感が得られにくいのです。
なぜ休んでも回復しないのか——回復を妨げるもの
休んでいるのに疲れがとれない背景には、回復そのものを妨げる要因が隠れていることがあります。
第一に、自律神経が「休むモード」に切り替わっていないことです。私たちの体は、活動時に働く交感神経(アクセル)と、休息時に働く副交感神経(ブレーキ)のバランスで調整されています。緊張や責任が途切れない毎日が続くと、アクセルが踏まれっぱなしになり、体を横にしても、内側では戦闘態勢が続いたまま——という状態に陥りやすくなります。
第二に、ストレスホルモン「コルチゾール」の高止まりです。コルチゾールは本来、朝に高く夜に低くなるリズムを持っていますが、慢性的なストレスのもとでは、夜になっても下がりきらないことがあると報告されています。これが睡眠の質や回復を妨げる方向にはたらきます(コルチゾールについてはこちらの記事で解説しています)。
そして第三に、睡眠の「質」の低下です。同じ時間眠っても、浅い眠りばかりでは、体は十分に修復されません。回復にとって決定的に重要なのは、睡眠の長さだけでなく、深く眠れているかどうかなのです。
経営判断と疲労——回復が「投資」である理由
疲労が経営者にとって見過ごせないのは、それが意思決定の質に直結するからです。
研究では、判断を重ねるほど、その後の判断の質が落ちやすくなる傾向が指摘されています。疲れがたまった状態では、冷静で長期的な視点よりも、目先の楽な選択や、感情に流された判断に傾きやすくなる——これは誰にでも起こりうることです。司令塔である脳が疲れていれば、いくら経験や知識があっても、本来の判断力は発揮されにくくなります。
つまり、経営者にとって回復とは、単なる「休養」ではなく、翌日以降の判断の質を守るための投資だと言い換えることができます。攻めの経営を支えるのは、実は「攻めの回復」なのです。
経営者のための回復戦略——「深く休む」設計
では、限られた時間のなかで、どう回復の質を高めればよいのでしょうか。研究のなかで語られている方向性を整理します。
睡眠の「深さ」を優先する
体の修復は、深い眠りの間に進みます。回復に関わる成長ホルモンも、深い睡眠中にもっとも多く分泌されると報告されています(成長ホルモンと睡眠の関係はこちらの記事で解説しています)。就寝前のアルコールや強い光、寝る直前までの仕事は、この深い眠りを妨げる方向にはたらきます。
アクセルを抜く時間を意図的につくる
高ぶった神経を鎮める時間を、一日のなかに意識して置くことが役立つと考えられています。数分の深い呼吸、自然のある場所での散歩、仕事から完全に離れる短い時間——副交感神経(ブレーキ)に切り替えるスイッチを持つことが、回復の土台になります。
回復を「予定」に組み込む
多忙な方ほど、休息を「余った時間にするもの」と考えがちです。回復を、商談や会議と同じく、あらかじめスケジュールに組み込む対象だととらえ直すことが、攻めの回復戦略では重要になります。
これらに共通するのは、体を戦闘モードから休息モードへ切り替え、深く休める状態をつくることです。
救急医の視点から——疲労の「蓄積」が限界を超えるとき
私は銀座数寄屋橋クリニックの院長を務める前、約20年にわたり国立の医療機関で救急医として勤務し、延べ約36,000人の救急・重症患者の診療にあたってきました。
救急の現場に運ばれてくる方のなかには、責任ある立場で走り続け、不調のサインを「気合い」で押し切ってきた末に、体が限界を超えてしまった——という方が少なくありませんでした。疲労は、一日二日で命に関わるものではありません。だからこそ後回しにされ、静かに、しかし確実に蓄積していきます。そして、その蓄積がある一線を越えたとき、体は思いがけない形で警告を発します。
私が現場で繰り返し感じてきたのは、「倒れてから」では取り返しのつかないことがある、ということです。疲労を感じるうちに、回復に意識的に手を打っておく——それは、緊急事態を遠ざけ、長く活躍し続けるための、地味だけれども確かな備えだと、私は考えています。
まとめ
- 疲労には、体の疲れ(末梢性疲労)と脳の疲れ(中枢性疲労)があり、経営者を悩ませるのは後者、あるいは両者が折り重なったものであることが多いと考えられます。
- 「休むこと」と「回復すること」は同じではありません。自律神経が休むモードに切り替わらない、コルチゾールが高止まりする、睡眠が浅い——こうした要因が回復を妨げます。
- 疲労は意思決定の質に直結するため、経営者にとって回復は「攻めの投資」だととらえられます。
- 睡眠の深さを優先し、アクセルを抜く時間をつくり、回復を予定に組み込む——戦闘モードから休息モードへの切り替えが、回復の鍵になります。
もっとも、こうした回復の大切さが頭ではわかっていても、責任と緊張の途切れない毎日のなかで、深く休める状態を保ち続けるのは、想像以上に難しいものです。だからこそ医学や科学は、「その土台づくりを、どうすれば無理なく支えられるか」を模索し続けています。ストレス(自律神経)と血流という体の根っこにはたらきかける——当院が取り組むストレスフリー療法も、体を休息側へ導き、回復の土台を支えることを目指す取り組みの一つです(研究知見にもとづくもので、はたらき方には個人差があります)。その考え方はストレスと老化の科学で詳しくご紹介しています。
回復は、明日の判断と、その先の長い活躍を支える投資です。当院の取り組みはメニュー・料金ページでご案内しています。
よくある質問
Q. 週末にしっかり寝ても疲れがとれません。なぜですか?
A. 睡眠は長さだけでなく「深さ」が重要です。同じ時間眠っても浅い眠りばかりでは、体は十分に修復されません。また、慢性的なストレスで自律神経が休息モードに切り替わらず、コルチゾールが高止まりしていると、横になっていても回復が進みにくくなります。眠りの質を上げる工夫が役立ちます。
Q. 体は疲れていないのに頭が疲れるのは、なぜですか?
A. それは「中枢性疲労」、いわゆる脳の疲れと考えられます。長時間にわたって考え、判断し、緊張を保ち続けることで、脳そのものが疲れていきます。経営者の疲労はこのタイプが中心になりやすく、体を休めるだけでなく、神経を鎮め、深く眠ることが回復につながります。
Q. 疲労を放っておくと、どうなりますか?
A. 一時的な疲れは休めば戻りますが、回復が追いつかないまま蓄積すると、判断力や集中力の低下、睡眠の乱れ、気分の落ち込みなどにつながりうると指摘されています。強い倦怠感が長く続く場合は、別の病気が隠れていることもありますので、まずはかかりつけ医にご相談ください。
参考文献
- Danziger S, Levav J, Avnaim-Pesso L.「Extraneous factors in judicial decisions」(2011年、PNAS)— 経験豊富な裁判官の判断が、判断を重ねるほど不利な方向へ偏り、休憩をはさむと回復したことを示し、「決断疲れ」を裏づけた研究。出典
※本記事で紹介した研究知見は、いずれも発展途上の研究分野におけるものであり、すべての方に同様の結果を保証するものではありません。
本記事は健康に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の検査・治療の効果を保証するものではありません。研究知見には今後の検証が必要な発展段階のものが含まれます。体の状態には個人差があります。
監修医プロフィール
院長
佐藤 琢紀(サトウ タクノリ)
元国立国際医療研究センター国府台病院救急科診療科長。専門:救急医療、集中治療、ストレスフリー療法、全人的医療。経歴:東北大学医学部卒、順天堂大学大学院卒。命の最前線である救急医療に20年以上従事。「病気になる前に救う」ための戦略的医療を提唱し、2023年より銀座数寄屋橋クリニック院長に着任。救急科専門医、医学博士。
- メッセージ
- こんにちは、院長の佐藤琢紀です。救急医として約20年間、36,000人もの診療に当たってきました。「病気になる前に救いたい」という思いから、いまは予防と若返りの医療へ。専門的な話もできるだけ自分の言葉でやさしくお届けします。様々な情報が溢れる時代だからこそ、「元氣で楽しい人生」を送る“本物”のヒントを皆さまに提供してまいります。 こちらでお願いいたします。
