心臓は老いるとどうなるか——拡張機能とポンプの加齢科学
以前より階段で息が切れやすくなった。坂道で立ち止まる回数が増えた——多くの方が「年のせい」で片づけてしまう変化です。
しかし、息切れという症状そのものは、本来「年のせい」で片づけてよいものではありません。 循環器・救急の視点から見れば、労作時の息切れは心臓(循環器系)や肺(呼吸器系)に何らかの異常が起きていることを示すサインであり、原因を確かめるべき症状です。もちろん、原因が分かったからといって全員が即座に強い治療を必要とするわけではありませんが、「年齢のせいだろう」と原因を調べずに様子を見てしまうことは、本来避けたい対応です。
一方で、心臓の拡張機能という構造・機能そのものは、症状の有無にかかわらず、加齢とともに緩やかに変化していくことが分かっています。この記事では、まずその加齢変化の実態を整理し、そのうえで「息切れ」という症状とどう向き合うべきかを解説します。
「臓器年齢」という考え方で扱ったとおり、体の中で心臓は比較的早く加齢の影響が表れやすい臓器のひとつとして報告されています。この記事では、その心臓に焦点をあてます。
ポンプとしての心臓——「送り出す力」と「受け入れる力」
心臓の働きは、大きく2つの局面に分けられます。
収縮期——心臓が収縮して血液を送り出す局面。いわゆる「ポンプ力」が問われる場面です。
拡張期——収縮を終えた心臓が緩み、次の拍動に向けて血液を受け入れる局面。こちらは「戻ってくる力」ではなく、筋肉が柔らかく緩む能力が問われます。
健診の「心臓が丈夫かどうか」という話題では、収縮期の力(駆出率など)に注目が集まりがちです。しかし、加齢によって先に変化が現れやすいのは、実は拡張期の機能のほうだということが、循環器の分野ではよく知られています。
心臓の壁は、加齢とともに硬くなっていく
なぜ拡張機能が加齢の影響を受けやすいのでしょうか。
心臓の壁を作る筋肉細胞そのものの性質の変化に加え、細胞と細胞のあいだを埋める結合組織(コラーゲンなど)が加齢とともに増え、心筋がやや硬くなる方向の変化が起こることが指摘されています[1][2]。壁が硬くなれば、収縮を終えたあとに素早く柔らかく緩む能力が落ちます。これが拡張機能の低下です。
さらに、心臓に血液を送り込む動脈の側も変化します。動脈がしなやかさを失うと、心臓はより高い圧に逆らって血液を送り出す必要が生じ、その負荷が心臓の壁の肥厚を招くことがあります[1]。動脈の老化と心臓の老化は、互いに影響し合う一体の現象として捉えられています。動脈のしなやかさそのものについては「血管年齢」とは何かで扱っています。
数字で見る拡張機能の変化——6年半でどれだけ動くか
これが感覚的な話にとどまらないことを示す、比較的新しいデータがあります。
米国の地域住民を対象とした大規模な追跡研究(ARIC研究)では、平均74歳の参加者を平均6.6年間追跡し、心エコーで拡張機能の指標を繰り返し測定しました[3]。その結果、心筋が緩む速さを示す指標(e′)はゆるやかに低下し、心臓が血液を受け入れる際の圧を反映する指標(E/e′比)は上昇し、左心房の容積も拡大していたことが報告されています。
もっとも分かりやすいのは、次の数字かもしれません。拡張機能の指標のうち2つ以上が基準から外れていた人の割合は、追跡開始時の17%から、6.6年後には42%に増えていたのです[3]。また、もともと高血圧や糖尿病などの心血管リスクを持っていた人ほど、この変化が大きい傾向も示されました。
これは、多くの人にとって、拡張機能の低下は特別な病気というより、加齢とともに進んでいく連続的な変化であることを示しています。同時に、その進み方には個人差があり、リスク因子の有無が影響することも分かります。
拡張機能の低下が進むと、何が起こるか
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
拡張機能の低下がある程度進むと、心臓が血液を十分に受け入れられなくなり、肺や体に血液がうっ滞しやすくなります。息切れ、疲れやすさ、足のむくみといった症状は、その現れであることがあります。
こうした状態は、収縮機能(駆出率)は保たれているものの、拡張機能の障害を主体として心不全の症状が生じる病態として知られており、HFpEF(Heart Failure with preserved Ejection Fraction:収縮機能が保たれた心不全)と呼ばれます[2]。名前だけを見ると「保たれている」という言葉が目立ちますが、保たれているのはあくまで駆出率(収縮機能の指標)であり、心臓が血液を受け入れる力そのものは低下しています。症状としては、収縮機能が低下するタイプの心不全と変わりません。
ここで、はっきりお伝えしておきたいことがあります。労作時の息切れや、以前より疲れやすいという変化は、それ自体が心臓(循環器系)あるいは肺(呼吸器系)の異常を示すサインであり、「加齢だから」と自己判断で片づけてよい症状ではありません。 心臓の拡張機能という構造・機能の変化そのものは加齢とともに緩やかに進みますが、それが症状として自覚される場合には、HFpEFを含む心不全や、COPD(慢性閉塞性肺疾患)をはじめとする呼吸器の病気など、評価が必要な状態が背景にある可能性を考える必要があります。
もちろん、原因が分かったからといって、全員がただちに強い治療を必要とするわけではありません。原因や重症度によって対応は異なります。ただし、「原因を調べずに、年齢のせいだと判断してしまうこと」自体が、本来避けるべき対応です。次のような場合は特に、早めに循環器内科(呼吸器の症状が主体であれば呼吸器内科)を受診してください。
- 以前と比べて、明らかに短い期間(数か月単位)で息切れが悪化した
- 平地を歩くだけで息が切れる、夜間に息苦しさで目が覚める
- 足やすねのむくみが続く、体重が急に増える
- 動悸や胸の不快感を伴う
日常で意識できること
心臓の加齢変化そのものを止める方法は確立していませんが、負担を減らす工夫はあります。
- 血圧を管理する。 高血圧は拡張機能の低下を進める代表的な要因のひとつです。家庭での血圧測定を習慣にしてください。
- 体重の変化を記録する。 短期間の急な体重増加は、体液の貯留のサインであることがあります。
- 有酸素運動を習慣にする。 運動習慣は心血管系の機能維持に関わる基本的な要素として広く支持されています。
- 禁煙・節酒。 いずれも血管・心臓への負担を減らす基本的な対策です。
- 睡眠時の呼吸を意識する。 いびきや無呼吸を指摘されたことがある方は、心臓への負担という観点からも一度相談されることをおすすめします。
- 健診の心機能項目を線で見る。 単年の数値だけでなく、数年分の推移を確認することの重要性はアンチエイジングドックとはでも扱っています。
なお、慢性的な精神的ストレスは血圧や自律神経を介して心臓の負担に関わるとされています。ストレスと血圧・コルチゾールの一般的な関係についてはコルチゾールを下げる科学で、末梢のめぐりについては手足の末梢の冷えと血流で扱っています。
「息切れは、それ自体がサインである」——救急医の視点から
私は銀座数寄屋橋クリニックの院長を務める前、約20年にわたり国立の医療機関で救急医として勤務し、延べ約36,000人の患者さんの診療にあたってきました。
救急外来には、「最近、息切れがひどくて」という主訴で来られる高齢の患者さんが、数えきれないほどいらっしゃいました。そのたびに私たちが行っていたのは、「これは年齢のせいかどうか」を判断することではなく、「循環器か、呼吸器か、あるいはその両方か」原因を突き止めることでした。救急・循環器の現場で、息切れという症状を「加齢による自然な変化」として片づけることは基本的にありません。息切れは、心臓か肺、あるいはその両方に何らかの異常が起きていることを示すサインとして扱われます。
実際には、夜、横になると息苦しくて座り直す。靴がきつくなった。体重が数日で急に増えた——ご本人やご家族が「年のせい」で説明のつく、ありふれた変化だと考えて様子を見ておられた方の中に、HFpEFをはじめとする心不全の増悪や、COPDなど呼吸器疾患の進行が隠れていた、という場面を何度も経験してきました。
もちろん、原因が分かったからといって、そのすべてが緊急の治療を要するわけではありません。経過観察や生活の工夫で対応できる場合もあります。しかし、「原因を調べる」というステップを飛ばして、「年齢だから仕方ない」と自己判断してしまうこと——これが、最も避けていただきたい対応です。
だからこそ私は、息切れや疲れやすさを感じたら、「年のせいかどうか」をご自身で判断しようとせず、まず循環器内科(あるいは呼吸器内科)で原因を確認していただくことをお伝えしています。加齢とともに心臓の拡張機能が緩やかに変化していくこと自体は事実ですが、それは診察や検査を経て初めて言えることであり、症状そのものを自己判断で片づけてよい理由にはなりません。
まとめ
- 心臓の働きは「送り出す力(収縮機能)」と「受け入れて緩む力(拡張機能)」に分けられ、加齢の影響は拡張機能のほうに先に現れやすいことが知られています。心筋の硬化や動脈のしなやかさの低下が背景にあります。
- 米国の大規模な追跡研究では、平均74歳の参加者を6.6年間追跡した結果、拡張機能の指標が悪化し、2つ以上の指標が基準から外れていた人の割合が17%から42%に増加したことが報告されています。
- 拡張機能の低下が進むと、息切れ・疲れやすさ・むくみといった症状が現れることがあり、これは収縮機能(駆出率)が保たれた心不全(HFpEF)の症状であることがあります。息切れなどの症状は、それ自体が循環器または呼吸器の異常を示すサインであり、「年のせい」と自己判断せず、循環器内科(呼吸器の症状が主体であれば呼吸器内科)で早めに原因を確認することが重要です。
- 血圧管理、体重の記録、有酸素運動、禁煙・節酒、睡眠時の呼吸の確認といった日常の工夫が、心臓への負担を減らすことにつながります。
「年のせい」という言葉は、原因を確かめる前に使ってしまうと、本来気づけるはずのサインを隠してしまいます。心臓の拡張機能という構造・機能そのものは加齢とともに緩やかに変化していきますが、息切れなどの症状を感じたときは、その変化を自己判断で片づけず、まず原因を確認することから始めていただければと思います。
当院はストレスフリー療法を専門に提供しており、血圧や末梢血流に着目しながら、穏やかな温熱刺激を通じて体の土台を支えることを目指しています(研究知見にもとづく予備的なもので、はたらき方や結果には個人差があり、費用は全額自己負担となります)。ただし当院は循環器疾患の診療は行っておらず、心不全をはじめとする心臓病の治療や予防効果を示すものではありません。 息切れやむくみなど気になる症状がある場合は、循環器内科をご受診ください。その科学的な考え方についてはストレスと老化の科学で解説しています。
日々の負荷とのつきあい方にご関心のある方は、施術の流れや費用をまとめた当院のメニュー・料金ページもあわせてご覧ください。
よくある質問
Q. 階段で息が切れやすくなりました。年のせいでしょうか、それとも心臓の病気でしょうか?
A. 息切れという症状は、それ自体が心臓(循環器系)や肺(呼吸器系)に何らかの異常があることを示すサインであり、「年のせい」として自己判断で片づけるべきものではありません。ゆっくり進んできたように感じられる場合でも、原因を確認するために一度循環器内科(呼吸器の症状が主体であれば呼吸器内科)を受診することをおすすめします。特に、数か月単位で明らかに悪化した場合、夜間の息苦しさや急な体重増加を伴う場合は、早めの受診が重要です。原因が分かったうえで、経過観察でよいか治療が必要かは医師が判断します。
Q. 心臓の拡張機能が低下しないようにする方法はありますか?
A. 拡張機能の低下そのものを確実に防ぐ方法は確立していませんが、血圧の管理、禁煙、有酸素運動の習慣、適正体重の維持といった一般的な心血管の健康管理が、負担を減らす方向にはたらくと考えられています。すでに高血圧や糖尿病がある方は、その管理自体が心臓の保護につながります。かかりつけ医と相談しながら取り組んでいただくのがよいと思います。
Q. 健診の心電図や心エコーで異常なしと言われれば、心臓は安心してよいですか?
A. 健診で異常が指摘されないことは前向きな情報ですが、拡張機能の初期の変化は、一般的な健診では詳しく評価されないこともあります。単年の結果だけで安心するのではなく、体調の変化(息切れ・むくみ・疲れやすさ)に注意を払い、気になる変化があれば健診の結果にかかわらず受診することをおすすめします。
参考文献
- Lakatta EG, Levy D.「Arterial and cardiac aging: major shareholders in cardiovascular disease enterprises: Part I: aging arteries: a “set up” for vascular disease」(2003年、Circulation, 107(1):139–146)— 動脈の加齢変化が心臓への負荷を高める仕組みを整理した総説。出典
- Lakatta EG, Levy D.「Arterial and cardiac aging: major shareholders in cardiovascular disease enterprises: Part II: the aging heart in health: links to heart disease」(2003年、Circulation, 107(2):346–354)— 加齢に伴う心筋の硬化・拡張機能の変化を整理した総説。doi:10.1161/01.CIR.0000048893.62841.F7. 出典
- Zhao L, Zierath R, Claggett B, et al.「Longitudinal Changes in Left Ventricular Diastolic Function in Late Life: The ARIC Study」(2023年、JACC: Cardiovascular Imaging, 16(9):1133–1145)— 地域住民を平均6.6年間追跡し、拡張機能の指標(e′・E/e′・左房容積係数)の悪化と、基準外となる割合が17%から42%へ増加したことを報告した縦断研究。doi:10.1016/j.jcmg.2023.02.022. 出典
- Ryotokuji K, et al.「Effect of pinpoint plantar long-wavelength infrared light irradiation on subcutaneous temperature and stress markers」(2013年、Laser Therapy, 22:93–102)— ストレスフリー療法と血圧・ストレス指標に関する研究(小規模・予備的な研究であり、心疾患への効果を検討したものではありません)。
※上記の研究知見は心臓の加齢に関する一般的な理解を示すものであり、個々の方の将来の病気を予測したり、特定の検査・治療による効果を保証したりするものではありません。海外の研究データを日本人にそのまま当てはめることはできません。ストレスフリー療法に関する研究は小規模・予備的なものを含み、はたらき方や結果には個人差があります。
本記事は健康に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の検査・治療・製品の効果を保証するものではありません。当院は循環器疾患の診療は行っておりません。息切れ・むくみ・動悸など気になる症状がある場合は、自己判断せず循環器内科等の医療機関にご相談ください。自由診療の費用は全額自己負担となります。体の状態には個人差があります。
監修医プロフィール
院長
佐藤 琢紀(サトウ タクノリ)
元国立国際医療研究センター国府台病院救急科診療科長。専門:救急医療、集中治療、ストレスフリー療法、全人的医療。経歴:東北大学医学部卒、順天堂大学大学院卒。命の最前線である救急医療に20年以上従事。「病気になる前に救う」ための戦略的医療を提唱し、2023年より銀座数寄屋橋クリニック院長に着任。救急科専門医、医学博士。
- メッセージ
- こんにちは、院長の佐藤琢紀です。救急医として約20年間、36,000人もの診療に当たってきました。「病気になる前に救いたい」という思いから、いまは予防と若返りの医療へ。専門的な話もできるだけ自分の言葉でやさしくお届けします。様々な情報が溢れる時代だからこそ、「元氣で楽しい人生」を送る“本物”のヒントを皆さまに提供してまいります。 こちらでお願いいたします。
