代謝の司令塔・甲状腺の加齢——「冷え」「だるさ」の裏にあるもの
以前より寒がりになった。朝からだるく、なかなかエンジンがかからない。体重が少しずつ増え、顔や足がむくみやすい。最近、人の名前がすっと出てこない——。
こうした変化の多くは、確かに年齢とともに誰にでも起こりうるものです。しかし、その裏側に「甲状腺」という小さな臓器の働きの変化が隠れていることがある、ということはあまり知られていません。
「臓器年齢」という考え方では、体の中の臓器がそれぞれ異なる速さで老いていくことをお伝えしました。今回は、その中でも「全身の代謝の司令塔」と呼ばれる甲状腺に焦点をあてます。
甲状腺は「全身の代謝の司令塔」
甲状腺は、のどぼとけのすぐ下にある、蝶が羽を広げたような形の小さな臓器です。重さは十数グラムほどしかありませんが、ここでつくられる甲状腺ホルモンは、ほぼ全身の細胞に作用し、エネルギーの使い方(代謝)の速さを調整しています[1]。
甲状腺ホルモンには、主に次のような働きがあることが知られています[1]。
- 熱をつくる。 体温を保つための熱産生に関わります。
- エネルギーの消費量を決める。 安静にしていても消費される基礎代謝の水準に関わります。
- 心臓・腸・脳の働きのテンポを整える。 心拍数、腸の動き、頭の働きの「速さ」にも影響します。
- 脂質や糖の代謝に関わる。 コレステロールの値にも影響します。
細胞の中でエネルギーをつくるミトコンドリアの働き(ミトコンドリアと若さ)とも深く関わっており、甲状腺ホルモンは、いわば全身のエンジンの回転数を決めるアクセルのような存在です。
そのため、甲状腺ホルモンが不足すると全身の代謝がゆっくりになり、寒がり、だるさ、むくみ、体重増加、便秘、皮膚の乾燥、もの忘れといった変化が現れることがあります。反対に過剰になると、暑がり、動悸、体重減少、手のふるえなどが現れます。
加齢で甲状腺はどう変わるのか——検査値の「正常範囲」は年齢で動く
甲状腺の働きを調べる血液検査では、主にTSH(甲状腺刺激ホルモン)と、甲状腺ホルモン(FT4など)が測定されます。TSHは脳の下垂体から出る「もっと甲状腺ホルモンを出しなさい」という指令のホルモンで、甲状腺の働きが落ちてくると、それを補おうとしてTSHが上昇します。
ここで興味深いのは、このTSHの値が、甲状腺の病気がない人でも年齢とともに少しずつ高くなる傾向があることです。
米国の大規模な国民健康栄養調査(NHANES III)のデータを分析した研究では、甲状腺の病気や甲状腺に対する抗体を持たない人に限っても、TSHの分布は年齢とともに高い方へずれていくことが示されました。上位2.5%の境目にあたる値は、20〜29歳では3.56 mIU/Lだったのに対し、80歳以上では7.49 mIU/Lでした[2]。
これは、同じTSHの値でも、30歳の方と80歳の方とでは意味合いが異なる可能性があることを示しています。高齢の方でTSHがやや高めに出たとき、それが治療を要する甲状腺の病気なのか、加齢にともなう生理的な変化の範囲内なのかは、年齢や症状、他の検査値、経過を総合して判断する必要があります。
「潜在性甲状腺機能低下症」という状態
TSHは基準より高いものの、甲状腺ホルモン(FT4)そのものは基準内に保たれている——この状態は潜在性甲状腺機能低下症と呼ばれ、年齢が上がるほど、また女性に多く見つかることが知られています[2]。
日本人に多い慢性甲状腺炎(橋本病)は、自分の免疫が甲状腺を少しずつ攻撃してしまう病気で、中年以降の女性に多くみられます。長い時間をかけてゆっくり進むことが多いため、甲状腺ホルモンが不足しはじめても本人は気づきにくく、潜在性甲状腺機能低下症の段階で健診や別の病気の検査の際に見つかることがあります。
特に女性の場合、更年期のゆらぎの時期と重なるため、だるさや気分の変化、体重の増加などを「更年期のせい」と考えてしまいやすい点にも注意が必要です。女性ホルモンの変化についてはエストロゲンと女性の加齢で扱っています。
見つかったら、必ず治療が必要なのか
「TSHが高めと言われた。すぐに薬を飲んだほうがよいのか」——これは、よくいただく疑問です。
この点について、重要な臨床試験があります。65歳以上で軽度の潜在性甲状腺機能低下症が続いている737人を対象に、甲状腺ホルモン薬(レボチロキシン)と偽薬(プラセボ)を比較した二重盲検ランダム化比較試験(TRUST試験)では、1年後の甲状腺機能低下に関連する症状や疲労感のスコアに、両群で差が認められなかったと報告されています[3]。
これは、高齢の方の軽度な検査値の異常に対しては、「数値を正常に戻すこと」が必ずしも体調の改善に結びつくとは限らないことを示唆しています。一方で、TSHが大きく上昇している場合、甲状腺ホルモン自体が低下している場合(顕在性の甲状腺機能低下症)、妊娠を考えている場合、明らかな症状がある場合などは、治療が検討されます。
つまり、甲状腺の検査値は「年齢」「数値の程度」「症状」「経過」の4つを組み合わせて読むものであり、その判断は内分泌内科(甲状腺専門医)に委ねるのが適切です。自己判断で様子を見続けることも、逆に自己判断でサプリメントなどに頼ることも、どちらも避けていただきたい対応です。
「冷え」「だるさ」を感じたときに意識できること
甲状腺の加齢変化そのものを止める方法は確立していませんが、見逃さないための工夫はあります。
- 健診の数値を「線」で見る。 TSHや総コレステロールの値を単年ではなく数年分の推移で確認すると、変化に気づきやすくなります。コレステロールの上昇が、甲状腺機能低下のきっかけで見つかることもあります。検査の読み方についてはアンチエイジングドックとはでも扱っています。
- 「いくつかの変化が同時に起きていないか」に目を向ける。 寒がり・むくみ・体重増加・便秘・もの忘れが同時期に重なっている場合は、一度甲状腺の検査を受ける価値があります。
- ヨウ素のとりすぎに注意する。 甲状腺ホルモンの材料となるヨウ素は、日本の食生活では不足よりも、昆布などの海藻やサプリメントからのとりすぎのほうが問題になることがあります。「甲状腺によさそうだから」と特定の食品やサプリメントを大量にとることは避けてください。
- 家族歴を知っておく。 甲状腺の病気は家族内で見られることがあります。血縁の方に甲状腺の病気がある場合は、健診の際に伝えておくとよいでしょう。
なお、「平熱が低い」という症状そのもののメカニズムについてはなぜ平熱が上がらないのかで、「疲れの正体」として語られがちな未確立の概念については「副腎疲労」とは何かで整理しています。いずれの記事でも、まず甲状腺などの体の病気を見落とさないことが出発点になるとお伝えしてきました。
「高齢者の甲状腺の病気は、教科書どおりの顔をしてやってこない」——救急医の視点から
私は銀座数寄屋橋クリニックの院長を務める前、約20年にわたり国立の医療機関で救急医として勤務し、延べ約36,000人の患者さんの診療にあたってきました。
救急の現場では、甲状腺の病気が、思いもよらない形で姿を現すことがあります。
冬の朝、自宅で動けなくなり、体温が大きく下がった状態で運ばれてきた高齢の方。意識がぼんやりし、脈もゆっくりしている。調べていくと、長い時間をかけて進んだ甲状腺機能の低下が背景にあった——そのような場面を経験してきました。ご家族は「最近、寒がりになって、動きもゆっくりになった。でも年のせいだと思っていた」とおっしゃいます。
反対に、甲状腺ホルモンが過剰になる病気も、高齢の方では典型的な「暑がり」「手のふるえ」がはっきりせず、不整脈(心房細動)や、原因のわからない体重減少、元気のなさだけが前面に出ることがあります。若い方の教科書的な症状とはまったく違う顔でやってくるのです。
こうした経験から強く感じるのは、「年のせい」という言葉は、甲状腺の変化をいちばん隠しやすい言葉だということです。寒がり、だるさ、動きがゆっくりになった、もの忘れが増えた——これらはどれも加齢で起こりうる変化であるからこそ、甲状腺の病気がその中に紛れ込みます。
だからこそ私は、複数の変化が同じ時期に重なって現れたとき、それを「年のせい」で片づける前に、一度だけでも甲状腺の血液検査を受けていただきたいとお伝えしています。採血一本で確認できることが多いからです。
まとめ
- 甲状腺は、熱産生・基礎代謝・心拍や腸の動きのテンポなど、全身の代謝を調整する「司令塔」のような臓器です。働きが落ちると寒がり・だるさ・むくみ・体重増加・もの忘れなどが現れることがあります。
- 甲状腺の働きを示すTSHの値は、病気がない人でも年齢とともに高い方へずれる傾向があり、米国の大規模データでは上位2.5%の境目が20代の3.56 mIU/Lから80歳以上では7.49 mIU/Lへと上がっていました。検査値は年齢を踏まえて読む必要があります。
- 65歳以上の軽度の潜在性甲状腺機能低下症を対象とした臨床試験では、甲状腺ホルモン薬で症状や疲労感のスコアに差が認められなかったと報告されています。治療の要否は、年齢・数値の程度・症状・経過を総合して内分泌内科で判断されるものです。
- 「年のせい」と思われる変化が複数重なったときは、自己判断せずに一度甲状腺の検査を受けること、健診の数値を数年分の推移で見ることが、見逃しを防ぐ第一歩になります。
甲状腺は、目立たない場所で全身の「代謝のテンポ」を静かに整え続けている臓器です。冷えやだるさを感じたとき、その声に耳を傾けるきっかけにしていただければと思います。
当院はストレスフリー療法を専門に提供しており、体温や末梢のめぐり、ストレス反応に着目しながら、穏やかな温熱刺激を通じて体の土台を支えることを目指しています(皮下温度やストレス指標に関する研究知見にもとづく予備的なもので、はたらき方や結果には個人差があり、費用は全額自己負担となります)。ただし当院は甲状腺疾患の専門診療は行っておりません。 気になる症状がある場合は、当院にご相談ください(必要に応じて専門の病院を紹介いたします)。その科学的な考え方についてはストレスと老化の科学で解説しています。
日々の冷えや疲れとのつきあい方にご関心のある方は、施術の流れや費用をまとめた当院のメニュー・料金ページもあわせてご覧ください。
よくある質問
Q. 健診で「TSHが少し高め」と言われました。すぐに治療を始めるべきですか?
A. TSHがわずかに高いだけで甲状腺ホルモン(FT4)が基準内であれば、ただちに治療が必要になるとは限りません。特に高齢の方では、TSHの値が年齢とともに高めに出る傾向があることも知られています。ただし、数値の程度、症状の有無、抗体の有無、妊娠の予定などによって判断は変わります。自己判断で放置せず、当院にご相談いただくか、内分泌内科(甲状腺専門医)で再検査と評価を受けてください。
Q. 冷えやだるさがあるのですが、甲状腺の病気かどうか自分で見分ける方法はありますか?
A. 残念ながら、症状だけで見分けることはできません。寒がり・だるさ・むくみ・体重増加・便秘・もの忘れといった症状は、甲状腺以外の原因(貧血、睡眠不足、更年期、うつ状態など)でも起こるためです。こうした変化が複数重なって続く場合は、血液検査でTSHと甲状腺ホルモンを確認するのが最も確実です。当院にご相談いただくか、内科・かかりつけ医にご相談ください。
Q. 甲状腺のために昆布やヨウ素のサプリメントをとったほうがよいですか?
A. おすすめしません。日本の一般的な食生活では、ヨウ素が不足することは少なく、むしろ海藻類やサプリメントからのとりすぎが甲状腺の働きに影響することがあります。甲状腺の病気がある方や治療中の方は主治医に、それ以外の方で食事やサプリメントについて気になる点がある場合は当院にご相談ください。
参考文献
- Mullur R, Liu YY, Brent GA.「Thyroid hormone regulation of metabolism」(2014年、Physiological Reviews, 94(2):355–382)— 甲状腺ホルモンが熱産生・基礎代謝・脂質や糖の代謝を調整する仕組みを整理した総説。doi:10.1152/physrev.00030.2013. PMID:24692351. 出典
- Surks MI, Hollowell JG.「Age-specific distribution of serum thyrotropin and antithyroid antibodies in the US population: implications for the prevalence of subclinical hypothyroidism」(2007年、The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, 92(12):4575–4582)— 米国NHANES IIIのデータから、甲状腺疾患のない人でもTSHの分布が年齢とともに高い方へずれること(97.5パーセンタイル:20〜29歳 3.56 mIU/L、80歳以上 7.49 mIU/L)を示した研究。doi:10.1210/jc.2007-1499. PMID:17911171. 出典
- Stott DJ, Rodondi N, Kearney PM, et al.「Thyroid Hormone Therapy for Older Adults with Subclinical Hypothyroidism」(2017年、The New England Journal of Medicine, 376:2534–2544)— 65歳以上の潜在性甲状腺機能低下症737人を対象としたランダム化比較試験(TRUST試験)。レボチロキシン投与で1年後の症状・疲労感スコアに改善が認められなかったと報告。doi:10.1056/NEJMoa1603825. PMID:28402245. 出典
- Ryotokuji K, et al.「Effect of pinpoint plantar long-wavelength infrared light irradiation on subcutaneous temperature and stress markers」(2013年、Laser Therapy, 22:93–102)— ストレスフリー療法と皮下温度・ストレス指標に関する研究(小規模・予備的な研究であり、甲状腺機能や甲状腺疾患への効果を検討したものではありません)。
※上記の研究知見は甲状腺の加齢に関する一般的な理解を示すものであり、個々の方の検査値の解釈や将来の病気を予測したり、特定の検査・治療による効果を保証したりするものではありません。海外の研究データを日本人にそのまま当てはめることはできません。ストレスフリー療法に関する研究は小規模・予備的なものを含み、はたらき方や結果には個人差があります。
本記事は健康に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の検査・治療・製品の効果を保証するものではありません。当院は甲状腺疾患の専門的診療は行っておりません。気になる症状がある場合は、自己判断せず、当院や婦人科・内科にご相談ください。自由診療の費用は全額自己負担となります。体の状態には個人差があります。
監修医プロフィール
院長
佐藤 琢紀(サトウ タクノリ)
元国立国際医療研究センター国府台病院救急科診療科長。専門:救急医療、集中治療、ストレスフリー療法、全人的医療。経歴:東北大学医学部卒、順天堂大学大学院卒。命の最前線である救急医療に20年以上従事。「病気になる前に救う」ための戦略的医療を提唱し、2023年より銀座数寄屋橋クリニック院長に着任。救急科専門医、医学博士。
- メッセージ
- こんにちは、院長の佐藤琢紀です。救急医として約20年間、36,000人もの診療に当たってきました。「病気になる前に救いたい」という思いから、いまは予防と若返りの医療へ。専門的な話もできるだけ自分の言葉でやさしくお届けします。様々な情報が溢れる時代だからこそ、「元氣で楽しい人生」を送る“本物”のヒントを皆さまに提供してまいります。 こちらでお願いいたします。
