「メノポーズ・アット・ワーク」——女性エグゼクティブの更年期という経営課題
重要な会議中に、突然の発汗とほてりに襲われる。集中力が続かず、資料の内容が頭に入ってこない。眠れない夜が続き、翌朝の判断力が鈍る——更年期の症状は、多くの女性にとって、キャリアの中でも責任の重い時期と重なってやってきます。
海外では、この現象に「メノポーズ・アット・ワーク(menopause at work)」という言葉が使われるようになっています。更年期は個人の体の問題であると同時に、組織として向き合うべき経営課題でもある——この記事では、その視点を整理します。なお当院は更年期症状の専門的な診療は行っておりません。
なぜ「経営課題」なのか——重なる2つのタイミング
更年期は、多くの女性にとって45歳前後から55歳前後にかけて経験されます。これは、多くの企業において、女性が管理職や役員として重要な役割を担い始める時期とほぼ重なります。
これまでこのブログでは、更年期の代表的な症状であるほてり・のぼせのメカニズムを顔のほてり・のぼせはなぜ起こるのかで、女性ホルモンと加齢の関係をエストロゲンと女性の加齢で扱ってきました。これらは主に個人の体の中で何が起きているかという話でした。今回は視点を変え、それが働く環境の中でどう現れるかを見ていきます。
数字が示す、仕事への影響の大きさ
感覚的な話にとどまらないことを示す調査が、国内外で相次いで発表されています。
英国の病院職員407人を対象にした調査では、65%が更年期症状によって仕事のパフォーマンスに影響を受けたと回答し、35%はキャリア形成に関する意思決定が症状の影響を受けたと報告しています。さらに8%が労働時間を減らし、2%は症状を理由に離職したことも示されました[1]。
米国で就労中の女性4,440人(45〜60歳)を対象にした調査では、13.4%が何らかの職場での問題を経験し、約11%が症状を理由に年間1日以上欠勤していたと報告されています。同調査は、更年期症状による米国内の経済的損失を、欠勤等の直接的な労働損失だけで年間約18億ドル、医療費を含めると約266億ドルにのぼると推計しています[2]。
日本国内でも、同様の傾向が確認されています。経済産業省が2024年に公表した試算では、更年期症状による経済損失(欠勤・パフォーマンス低下・離職・休職などを含む)を年間約1.9兆円と推計しています。このうち離職による損失が約1兆円を占めており、症状を理由に職場を離れることの影響の大きさがうかがえます(月経随伴症・婦人科がん・不妊治療を含む女性特有の健康課題全体では約3.4兆円)[3]。また、民間のシンクタンクが2024年に実施した調査では、40〜50代の正社員の男女ともに4割前後が軽度レベル以上の更年期症状を有し、症状がある日の生産性は症状の程度にかかわらず平均で半分程度まで低下すると報告されています[4]。
これらの数字が示しているのは、更年期症状が「一部の人の個人的な不調」ではなく、組織の生産性そのものに関わる規模の現象であるということです。
「本人だけの問題」にしないために——組織としてできること
45で扱った「健康経営の制度から経営者本人が抜け落ちる」という構造は、女性の更年期にも別の形で当てはまります。制度としての理解が追いついていないために、症状を抱えたご本人が孤立してしまうという構造です。
ここでは、組織として検討できる方向性を整理します。特定の制度の導入を一律に推奨するものではなく、企業ごとの状況に応じて検討されるべき論点として提示します。
- 管理職向けの基礎知識の共有。 更年期症状がどのようなものかを、本人だけでなく周囲の管理職が知っておくことは、誤解や評価の歪みを防ぐ土台になります。
- 相談窓口の整備。 産業医・産業保健スタッフに更年期の相談ができる体制があることを、社内に周知しておくことは有効です。
- 働き方の柔軟性。 症状の強い時期に一時的に業務量やスケジュールを調整できる仕組みがあることは、離職を防ぐ一因になりえます。
- 健診・相談へのアクセスのしやすさ。 健康経営を語る前にでも触れたとおり、多忙な管理職ほど自身の受診が後回しになりがちです。更年期外来の受診を後押しする文化があるかどうかも、重要な要素です。
こうした取り組みの投資対効果という考え方については、経営者の健康投資(ROI)で扱った枠組みも参考になります。
どこに相談すればよいか
症状について相談する窓口は、まず婦人科(更年期外来)です。 症状の程度や希望に応じて、ホルモン補充療法(HRT)や、その他の薬物療法、生活指導などが検討されます。ほてり・のぼせの機序や治療の選択肢の一般的な整理は顔のほてり・のぼせはなぜ起こるのかで扱っています。当院はこれらの治療を提供しておりません。具体的な治療の選択は婦人科でご相談ください。
職場での働き方の調整については、産業医や人事部門への相談が窓口になります。両者は役割が異なるため、症状の治療は医療機関へ、働き方の調整は社内の窓口へと、分けて考えていただくのがよいと思います。
「本人が気づいていないことも多い」——産業医・救急医の視点から
私は銀座数寄屋橋クリニックの院長を務める前、約20年にわたり国立の医療機関で救急医として勤務し、延べ約36,000人の患者さんの診療にあたってきました。現在は産業医としても企業の健康管理に関わっています。
救急外来では、更年期世代の女性経営者・管理職の方が、動悸や強い倦怠感で運ばれてくることがありました。検査の結果、更年期の症状として矛盾しないものだった、ということも一度ではありませんでした。詳しくはほてり・のぼせの記事でも触れましたが、ご本人が「これが更年期の症状だ」と気づいていないケースが、想像以上に多いというのが、現場での実感です。
産業医として企業に関わる中でも、似た構図を目にします。集中力の低下やミスの増加を、「自分の能力が落ちたのではないか」と自己評価を下げる形で受け止めてしまう方が少なくありません。実際には更年期の症状として説明のつく変化であるにもかかわらず、それを知らないために、本人が必要以上に自分を責めてしまう。これは、本人にとっても、組織にとっても、損失だと感じています。
だからこそ私は、「これは更年期による変化かもしれない」と選択肢として知っておくこと自体が、最初の対策になると考えています。原因が分かれば、次の一手(受診する、働き方を相談する)につながります。分からないまま自分を責め続けることが、いちばん避けたい状態です。
まとめ
- 更年期は、多くの女性にとって、企業内で管理職・役員としての役割を担い始める時期と重なります。「メノポーズ・アット・ワーク」として、個人の体の問題であると同時に組織の課題として捉える視点が広がっています。
- 英国の調査では65%が症状による仕事のパフォーマンスへの影響を、米国の調査では経済的損失が年間約266億ドル(医療費込み)にのぼると報告されています。日本国内でも、経済産業省が更年期症状による経済損失を年間約1.9兆円と推計しています。
- 組織としては、管理職向けの基礎知識の共有、相談窓口の整備、働き方の柔軟性の確保、受診しやすい文化づくりなどが検討の方向性として挙げられます。特定の制度を一律に推奨するものではなく、企業ごとの検討が必要です。
- 症状の治療は婦人科(更年期外来)へ、働き方の調整は産業医・人事部門へと、相談先を分けて考えることが実務的です。「これは更年期による変化かもしれない」と知っておくこと自体が、最初の対策になります。
更年期は、隠すべきことでも、我慢するべきことでもありません。個人の受診と、組織の理解——両方が揃って初めて、キャリアの重要な時期を無理なく乗り越えていく土台になると考えています。
当院はストレスフリー療法を専門に提供しており、ストレス反応や自律神経のはたらきに着目しながら、穏やかな温熱刺激を通じて体の土台を支えることを目指しています(研究知見にもとづく予備的なもので、はたらき方や結果には個人差があり、費用は全額自己負担となります)。当院は更年期症状の専門的な診療は行っておりません。症状でお困りの場合は婦人科をご受診ください。その科学的な考え方についてはストレスと老化の科学で解説しています。
日々の負荷とのつきあい方にご関心のある方は、施術の流れや費用をまとめた当院のメニュー・料金ページもあわせてご覧ください。
よくある質問
Q. 更年期の症状で仕事のパフォーマンスが落ちている気がします。上司や人事にどう伝えればよいですか?
A. 伝え方に唯一の正解はありませんが、まずは症状と業務への影響を具体的に整理しておくことが役立ちます(いつ、どんな症状が、どの業務に影響するか)。産業医や産業保健スタッフがいる場合は、人事より先にそちらに相談できることもあります。会社に相談窓口がない場合は、まず婦人科を受診し、診断や今後の見通しについて情報を得ておくことも、その後の相談をスムーズにします。
Q. 管理職として部下が更年期症状で困っているようです。何に気をつければよいですか?
A. まず、更年期症状は本人の意志や能力の問題ではなく、ホルモンの変化に伴う生理的な現象であることを理解しておくことが土台になります。そのうえで、業務量や働き方について本人の希望を聞く姿勢、そして医療機関への受診を妨げない環境づくりが重要です。症状の詳細を詮索したり、断定的な決めつけをしたりすることは避けてください。
Q. ホルモン補充療法(HRT)は、当院で受けられますか?
A. 当院はストレスフリー療法を専門に提供しており、更年期症状に対するホルモン補充療法を含む専門的な診療は行っておりません。HRTやその他の治療の選択については、婦人科(更年期外来)にご相談ください。
参考文献
- O’Neill MT, Jones V, Reid A.「Impact of menopausal symptoms on work and careers: a cross-sectional study」(2023年、Occupational Medicine, 73(6):332–338)— 英国の病院職員407人を対象に、更年期症状が仕事のパフォーマンス・キャリア形成・欠勤・離職に与える影響を調査した研究。doi:10.1093/occmed/kqad078. 出典
- Faubion SS, et al.「Impact of Menopause Symptoms on Women in the Workplace」(2023年、Mayo Clinic Proceedings)— 就労中の女性4,440人を対象に、更年期症状による職場での問題や欠勤の頻度、米国における経済的損失(労働損失約18億ドル、医療費込みで約266億ドル)を推計した研究。Mayo Clin Proc. 98(6):833–845. doi:10.1016/j.mayocp.2023.02.025. PMID:37115119. 出典
- 経済産業省 ヘルスケア産業課「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(令和6年2月)— 女性特有の健康課題による経済損失を年間約3.4兆円、うち更年期症状によるものを約1.9兆円(離職による損失約1兆円を含む)と試算した政府資料。出典(同試算は厚生労働省「女性活躍と月経、不妊治療、更年期等に関する施策及び現状について」〔令和6年3月26日〕でも引用されています。資料)
- 株式会社パーソル総合研究所「更年期の仕事と健康に関する定量調査」(2024年12月4日発表)— 40〜50代正社員の男女の4割前後が軽度レベル以上の更年期症状を有し、症状がある日の生産性が平均で半分程度に低下すると報告した調査。出典
※上記の統計は更年期症状が働く環境に与える影響についての一般的な調査・研究結果であり、個々の方や企業の状況を保証するものではありません。海外の調査結果を日本の職場環境にそのまま当てはめることはできません。治療の選択は診察のうえで行われるものであり、当院はホルモン補充療法を含む更年期症状の専門的な診療を行っておりません。ストレスフリー療法に関する研究は小規模・予備的なものを含み、はたらき方や結果には個人差があります。
本記事は健康及び職場環境に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の制度・治療・製品の効果を保証するものではありません。当院は更年期症状の専門的な診療は行っておりません。症状でお困りの場合は婦人科等の医療機関に、働き方に関するご相談は産業医・人事部門にご相談ください。自由診療の費用は全額自己負担となります。体の状態には個人差があります。
監修医プロフィール
院長
佐藤 琢紀(サトウ タクノリ)
元国立国際医療研究センター国府台病院救急科診療科長。専門:救急医療、集中治療、ストレスフリー療法、全人的医療。経歴:東北大学医学部卒、順天堂大学大学院卒。命の最前線である救急医療に20年以上従事。「病気になる前に救う」ための戦略的医療を提唱し、2023年より銀座数寄屋橋クリニック院長に着任。救急科専門医、医学博士。
- メッセージ
- こんにちは、院長の佐藤琢紀です。救急医として約20年間、36,000人もの診療に当たってきました。「病気になる前に救いたい」という思いから、いまは予防と若返りの医療へ。専門的な話もできるだけ自分の言葉でやさしくお届けします。様々な情報が溢れる時代だからこそ、「元氣で楽しい人生」を送る“本物”のヒントを皆さまに提供してまいります。 こちらでお願いいたします。
