多くの会社には、リスクの一覧があります。

取引先の与信、為替、原材料の調達、システム障害、情報漏えい、自然災害。それぞれに担当者がいて、想定される影響額があり、対応の手順が決めてあります。

ところが、その一覧に「代表者が来週から2か月出社できなくなる」という行が入っている会社は、あまり多くありません。

これは、起こる確率が低いから抜けているのではありません。担当者を決めようがないから抜けているのだと思います。ほかのリスクには対応する人がいますが、このリスクだけは、対応すべき本人がリスクの中身そのものだからです。

この記事では、経営者・役員・後継者の健康を、精神論ではなくリスクマネジメントの実務として扱う方法を整理します。なお本記事は一般的な情報提供であり、保険・税務・財務に関する助言を行うものではありません。

「キーマンリスク」は、もともと契約と保険の言葉だった

この言葉自体は、経営の現場で以前から使われてきました。融資の審査、M&Aのデューデリジェンス、投資契約の条項——「特定の人物に事業が依存している状態」は、外部から見れば評価すべきリスクだからです。

ただ、そこで想定されてきたキーマンの喪失は、主に退任・引き抜き・死亡でした。

いま問題になりつつあるのは、もっと地味で、もっと頻度の高い事象です。「辞めてはいないが、しばらく働けない」という状態。入院、手術、療養、そして「出社はしているが本来の判断ができていない」期間。

契約書に書かれるのは前者ですが、経営を実際に揺らすのは後者のほうです。

数字で見る——「一人依存」はどのくらい進んでいるか

日本企業の現状を、確認できる数字で見ておきます。

社長の平均年齢は60.8歳です。 帝国データバンクの全国調査(2025年)によれば、これは35年連続の上昇で、過去最高を更新しました。10年前(2015年・59.2歳)から1.6歳、30年前(1995年・55.4歳)からは5.4歳上がっています[1]。

後継者が決まっていない企業は50.1%です。 同社の2025年調査では、全国約27万社のうち約13万8千社が「後継者不在」または承継の方向が定まっていない状態でした。7年連続で改善しており、2017年のピークからは16.4ポイント低下していますが、それでもなお2社に1社です[2]。

この2つを重ねると、日本企業の平均的な姿が見えてきます。60代の経営者が、後継が決まらないまま実務の中心に立っている。 中小企業庁の事業承継ガイドラインが繰り返し指摘してきたのも、承継が「いつか考えること」として先送りされやすいという構造でした[3]。

そして先送りの前提には、たいてい「自分はまだ働ける」という健康の見込みがあります。その見込みが外れたときに何が起きるかが、次の話です。

経営者が倒れると、実際に何が起きるのか

「社長が抜けたら困る」というのは感覚的にはわかりますが、定量的に測るのは難しい問題でした。辞めるかどうかは業績と無関係ではないからです。業績が悪いから辞めるのか、辞めたから悪くなるのかを分けられません。

これをうまく切り分けた研究があります。

デンマークの中小企業およそ1万3千社を対象に、1996年から2012年のデータを用いて、「CEOの入院」という本人の意思とは独立した出来事の前後で企業業績を比較した研究です。結果として、CEOの入院は企業の収益性と投資行動に有意な影響を与えており、10日以上の入院では総資産営業利益率(OROA)が約1パーセントポイント低下したと報告されています[4]。

この研究で興味深いのは、もうひとつの結果です。同じことが他の上級役員の入院では起こらなかった——影響はCEOに特有のものでした。また、若いCEO、成長中の企業、同族経営の企業、人的資本が重要な業種ほど、影響が大きいことも示されています。

デンマークの中小企業のデータであり、日本にそのまま当てはめられるわけではありません。ただ、「経営者の不在は、感情の問題ではなく数字に出る」ということを、これほど明確に示した研究は多くありません。

制度の穴——役員は、健診の枠の外にいる

ここからが、産業医の立場から見て最も気になっている点です。

労働安全衛生法は第66条で、事業者に対し労働者への健康診断の実施を義務づけています。定期健康診断の対象は「常時使用する労働者」で、年1回以上の実施が求められます[5]。

この仕組みは、日本の職域保健の土台としてよく機能してきました。ただし、ここには構造上の前提があります。守られるのは「労働者」である、ということです。

取締役などの役員は、原則として労働基準法上の労働者には当たらないと解されており、そのため事業者に課された定期健康診断の実施義務の対象にも、原則として含まれません(使用人兼務役員など、実態として労働者性が認められる場合は別です。個別の判断は社会保険労務士や所轄の労働基準監督署にご確認ください)。

つまり、こういう構造になります。

従業員は、会社が仕組みとして健康を見る。経営者は、自分で見る。

そして、経営者ほど「自分で見る」ための時間と動機が乏しい。ここに穴があります。

「代わりがいない」ことが、受診を遠ざける

もうひとつ、現場で繰り返し見てきた構造があります。

従業員の場合、健診の日程は会社が決め、受けていなければ産業保健の担当者が声をかけます。仕事は同僚が代わります。受けない理由を自分で説明する必要があります。

経営者の場合、そのすべてが逆になります。日程は自分で決め、催促する人はおらず、休めば仕事は止まり、受けない理由を誰にも説明しなくていい。

「代わりがいないから休めない」は、裏返せば「代わりがいないから、倒れたときの影響が最も大きい」ということです。影響が最大の人が、点検から最も遠い。この構造については健康経営を語る前にでも別の角度から扱いました。

倒れる前から、損失は始まっている

キーマンリスクというと「倒れる」瞬間を想像しがちですが、実務上はもっと手前から影響が出ています。

プレゼンティーイズム——欠勤には至っていないものの、健康上の問題によって本来のパフォーマンスが出せていない状態を指す概念です。経済産業省の健康経営の枠組みでも、健康投資の効果を測る指標のひとつとして位置づけられています[6]。

米国の雇用主を対象とした費用分析では、10の健康状態について集計したところ、多くの条件でプレゼンティーイズムのコストが医療費そのものを上回り、総コストの18〜60%を占めたと報告されています[7]。

一般の従業員でこれだけの幅があるとすれば、判断の質がそのまま事業の成否になる立場ではどうか。ここは測定が難しい領域で、確立した推計値があるわけではありません。ただ、少なくとも「倒れていないから問題がない」とは言えない、ということは言えます。

日々のコンディションと判断の関係については経営判断を鈍らせる疲労、加齢に伴う意思決定の変化については経営判断を鈍らせる「脳の加齢」で扱っています。

「管理できるリスク」に変えるための、4つの実務

健康は完全にはコントロールできません。ただ、管理不能なリスクを、管理可能な部分と不可能な部分に分けることはできます。他のリスクでやっていることと同じです。

1. 誰がキーマンかを、文書として特定する。

感覚ではなく、書き出します。「この人が3か月不在になると、止まる意思決定・契約・取引先はどれか」。多くの場合、代表者以外にも1〜2名が浮かび上がります。財務の実務、特定顧客との関係、技術の中核。キーマンは一人とは限りません。

2. 受診を「個人の心がけ」から「業務プロセス」に移す。

従業員の健診がうまくいっているのは、本人の意識が高いからではなく、仕組みになっているからです。同じ構造を役員にも適用します。年初に日程を先に入れる。役員会の議題として実施状況を確認する。秘書や管理部門が日程管理の責任を持つ。意識を変えるのではなく、決め方を変える。 これが産業保健で一貫して有効だった方法です。

3. 不在時の意思決定権限を、先に決めておく。

倒れてから決めるのでは間に合いません。金融機関への連絡、決裁権限の委譲範囲、印章の管理、取引先への説明。「2週間不在」「3か月不在」の2段階で書いておくと現実的です。これは事業継続計画(BCP)の一部として扱える性質のものです。

4. 承継の時間軸と、健康の時間軸を重ねて見る。

事業承継は準備に数年を要するとされています。一方、健康上の変化は前触れなく来ることがあります。承継計画の想定期間が、健康の見込みより長くなっていないか。 承継の進め方については中小企業庁のガイドラインが手順を示しています[3]。財務・税務・法務の設計については、顧問の専門家にご相談ください。

なお、キーマン保険などの金融商品による備えについては、当院は助言を行う立場にありません。保険・税務の専門家にご確認ください。

「代わりがいない人ほど、遅れて運ばれてくる」——救急医の視点から

私は銀座数寄屋橋クリニックの院長を務める前、約20年にわたり国立の医療機関で救急医として勤務し、延べ約36,000人の患者さんの診療にあたってきました。救急科専門医であるとともに、産業医の資格も持っています。

救急外来で何度も見てきた光景があります。

搬送されてきた方の症状が、明らかに「今日始まったものではない」ことがあります。胸の違和感が数週間続いていた。息切れが階段で出ていた。それでも受診していない。理由を伺うと、多くの場合、答えは病気の話ではありません。「休めなかった」です。

そして、その方が事業を背負う立場であればあるほど、付き添ってこられた方や、夜中に鳴り続ける携帯電話が、その人の不在が何を止めるのかを教えてくれました。処置をしながら、この人が今日ここにいることで、明日いくつの判断が宙に浮くのだろうと考えたことが何度もあります。

救急医の仕事は、起きてしまった後を引き受けることです。そこから見ると、ひとつはっきりしていることがあります。救急で出会う多くの出来事は、時間をさかのぼれば、点検の機会が何度かあった。 見逃されたのではなく、行かなかっただけ、ということが少なくありません。

産業医として企業を見るとき、私はこの順序を逆にしたいと思っています。倒れてから「代わりがいない」と気づくのではなく、代わりがいないとわかっている段階で点検する。 リスクマネジメントとしては、ごく当たり前の順序です。

まとめ

  • 「キーマンリスク」は従来、退任や死亡といった不可逆な喪失を想定した契約・保険の言葉でしたが、実務で経営を揺らすのは「辞めていないが働けない」期間のほうです。
  • 日本の社長の平均年齢は60.8歳で35年連続の上昇、後継者不在の企業は50.1%と2社に1社です。改善傾向にはありますが、「後継が決まらないまま、経営者が実務の中心に立ち続ける」という構図が依然として一般的です。
  • デンマークの中小企業約1万3千社を対象とした研究では、CEOの入院という本人の意思と独立した出来事の前後で収益性と投資が有意に低下し、10日以上の入院では総資産営業利益率が約1パーセントポイント下がったと報告されています。同じ影響は他の上級役員の入院では見られませんでした。
  • 労働安全衛生法にもとづく定期健康診断の対象は「労働者」であり、役員は原則としてその枠の外にあります。影響が最も大きい人が、点検の仕組みから最も遠いという構造になっています。
  • 損失は倒れる前から始まっています。プレゼンティーイズムは、米国の分析で多くの健康状態において医療費を上回るコストを占めたと報告されており、判断の質が事業を決める立場では、より大きな意味を持ち得ます。
  • 健康は完全には制御できませんが、「キーマンの特定」「受診の業務プロセス化」「不在時の権限設計」「承継と健康の時間軸の突き合わせ」という4点は、他の経営リスクと同じ手順で管理できます。

リスク台帳に載っていないものは、管理されません。健康を台帳に載せることが、最初の一歩だと考えています。

当院はストレスフリー療法を専門に提供しており、慢性的なストレスと血流という土台の部分に着目しながら、穏やかな温熱刺激を通じて体を整えることを目指しています。ストレス関連の指標や皮下温度に関する予備的な研究は報告されていますが[8]、これらは小規模な研究であり、特定の疾患の予防や、経営上のリスクの低減を保証するものではありません(研究知見にもとづく予備的なもので、はたらき方や結果には個人差があり、費用は全額自己負担となります)。その科学的な考え方についてはストレスと老化の科学で解説しています。

ご自身の状態を数値で把握しておきたいという方には、生物学的年齢はどう測る?やアンチエイジングドックとはもあわせてご覧ください。施術の流れや費用は当院のメニュー・料金ページにまとめています。


よくある質問

Q. 役員にも健康診断を受けさせたいのですが、会社の費用で実施して問題ないでしょうか。

A. 実施そのものは多くの企業で行われていますが、費用の会計上・税務上の取り扱い(役員賞与とみなされるか等)は、対象範囲や実施方法の設計によって判断が分かれる領域です。当院は税務の助言を行う立場にありませんので、顧問税理士や社会保険労務士にご相談いただくのが確実です。制度上の位置づけとしては、労働安全衛生法にもとづく実施義務は「労働者」を対象としており、役員は原則としてその枠の外にある、という点が出発点になります。

Q. 経営者本人が受診を先延ばしにしている場合、周囲は何ができますか。

A. 「体を大事にしてください」と伝えることは、多くの場合あまり効きません。産業保健の現場で有効だったのは、意識ではなく決め方を変えることでした。年間スケジュールに先に入れてしまう、日程管理の責任者を決める、役員会の定例議題として実施状況を確認する、といった手続きの設計です。本人の意志に依存する部分を減らすほど、実施率は上がります。

Q. 「キーマンリスク対策」として、まず何から手をつければよいですか。

A. 費用も時間もかからない順でいえば、「この人が3か月不在になると止まるものは何か」を書き出すことからだと思います。多くの場合、代表者以外にも複数のキーマンが見つかります。そのうえで、不在時の意思決定権限を2段階(短期・中期)で決めておくと、事業継続計画の一部として機能します。財務・保険・承継スキームの設計については、それぞれの専門家にご相談ください。

参考文献

  • 株式会社帝国データバンク「全国『社長年齢』分析調査(2025年)」(2026年2月)— 全国の社長の平均年齢が60.8歳となり35年連続で上昇したこと、10年前・30年前との比較を示した調査レポート。出典
  • 株式会社帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(2025年11月)— 全国約27万社を対象に、後継者不在率が50.1%(7年連続の改善、2017年のピークから16.4ポイント低下)であることを示した調査レポート。出典
  • 中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」(2022年3月改訂)— 中小企業の事業承継について、課題の整理と5つのステップによる進め方を示した公的な手引書。親族外承継・第三者承継(M&A)も含めて解説している。出典
  • Bennedsen M, Pérez-González F, Wolfenzon D.「Do CEOs Matter? Evidence from Hospitalization Events」(2020年、The Journal of Finance, 75(4):1877–1911)— デンマークの中小企業約1万3千社(1996〜2012年)を対象に、CEOの入院という外生的な出来事を用いて企業業績への影響を推定した研究。10日以上の入院で総資産営業利益率が約1パーセントポイント低下し、同様の影響は他の上級役員の入院では認められなかったと報告している。doi:10.1111/jofi.12897. 出典
  • 厚生労働省「労働安全衛生法にもとづく定期健康診断」(安衛法第66条・労働安全衛生規則第44条に関する資料)— 事業者に対する労働者への健康診断の実施義務と、定期健康診断の対象(常時使用する労働者)・実施頻度を示した公的資料。出典
  • 経済産業省「企業の『健康経営』ガイドブック(改訂第1版)」— 健康経営の考え方と、アブセンティーイズム/プレゼンティーイズムを含む効果指標の測定方法を整理した公的資料。出典
  • Goetzel RZ, Long SR, Ozminkowski RJ, Hawkins K, Wang S, Lynch W.「Health, Absence, Disability, and Presenteeism Cost Estimates of Certain Physical and Mental Health Conditions Affecting U.S. Employers」(2004年、Journal of Occupational and Environmental Medicine, 46(4):398–412)— 10の健康状態について医療費・欠勤・障害・プレゼンティーイズムのコストを推計し、多くの条件でプレゼンティーイズムが医療費を上回り総コストの18〜60%を占めたと報告した研究。doi:10.1097/01.jom.0000121151.40413.bd. 出典
  • Ryotokuji K, et al.「Effect of pinpoint plantar long-wavelength infrared light irradiation on subcutaneous temperature and stress markers」(2013年、Laser Therapy, 22:93–102)— ストレスフリー療法と皮下温度・ストレス指標に関する研究(小規模・予備的な研究であり、特定の疾患の予防効果を検討したものではありません)。

※上記の調査・研究は一般的な理解を示すものであり、特定の検査・治療・サービスによる効果や、経営上の成果を保証するものではありません。海外で行われた研究の結果を日本の環境にそのまま当てはめられるわけではありません。ストレスフリー療法に関する研究は小規模・予備的なものを含み、はたらき方や結果には個人差があります。


本記事は健康および企業のリスク管理に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の検査・治療・製品の効果を保証するものではありません。保険・税務・財務・法務に関する助言を行うものではなく、個別の制度の適用可否については、それぞれの専門家および所轄の行政機関にご確認ください。健康上の不調がある場合は、医療機関にご相談ください。自由診療の費用は全額自己負担となります。体の状態には個人差があります。

監修医プロフィール

院長

佐藤 琢紀(サトウ タクノリ)

元国立国際医療研究センター国府台病院救急科診療科長。専門:救急医療、集中治療、ストレスフリー療法、全人的医療。経歴:東北大学医学部卒、順天堂大学大学院卒。命の最前線である救急医療に20年以上従事。「病気になる前に救う」ための戦略的医療を提唱し、2023年より銀座数寄屋橋クリニック院長に着任。救急科専門医、医学博士。

メッセージ
こんにちは、院長の佐藤琢紀です。救急医として約20年間、36,000人もの診療に当たってきました。「病気になる前に救いたい」という思いから、いまは予防と若返りの医療へ。専門的な話もできるだけ自分の言葉でやさしくお届けします。様々な情報が溢れる時代だからこそ、「元氣で楽しい人生」を送る“本物”のヒントを皆さまに提供してまいります。 こちらでお願いいたします。