駅の階段を上りきったところで、少し息を整える時間が長くなった。以前は平気だった早歩きで、話しながら歩くのがつらい——。

こうした変化について、心臓は老いるとどうなるかでは、「息切れという症状は、それ自体が心臓(循環器系)や肺(呼吸器系)の異常を示すサインであり、”年のせい”と自己判断してよいものではない」とお伝えしました。心臓が血液を送る「ポンプ」だとすれば、肺は全身に酸素を取り込む「入口」です。今回は、その肺に焦点をあてます。

「臓器年齢」という考え方でお伝えしたとおり、臓器はそれぞれ異なる速さで老いていきます。肺もまた、症状がなくても静かに変化を続けている臓器のひとつです。

肺は「酸素の入口」——全身のエネルギーを支える臓器

私たちは1日に約2万回呼吸をしています。吸い込んだ空気は気管・気管支を通って、肺の奥にある肺胞(はいほう)という小さな袋に届き、そこで血液に酸素が受け渡され、二酸化炭素が回収されます。

肺胞で取り込まれた酸素は、心臓のポンプで全身に運ばれ、細胞の中のミトコンドリアでエネルギーをつくるために使われます(ミトコンドリアと若さ)。肺は「入口」、心臓と血管は「運び手」、ミトコンドリアは「使い道」——この3つがつながって、はじめて全身の活動が支えられています。

また肺は、呼吸のたびに外気に直接さらされる臓器でもあります。ほこり、細菌、ウイルスを外に出すためのせきの反射や、気道の表面で異物を運び出す線毛(せんもう)の働きといった、体の防御の最前線でもあるのです。

肺の働きは20代がピーク——加齢で何が変わるのか

呼吸機能の代表的な指標に、1秒量(FEV1)があります。思いきり息を吸い込んだあと、一気に吐き出したときに最初の1秒間で吐き出せる空気の量です。健診の「肺年齢」も、主にこの値をもとに計算されています。

1秒量は一般に20代前半ごろに最大となり、その後は喫煙などの影響がなくても、年齢とともに少しずつ低下していきます[1]。加齢にともなう肺の変化としては、主に次のようなものが知られています[1]。

  • 肺そのもののしなやかさの変化:肺胞を支える組織の弾力が失われ、肺胞がやや広がったような状態になります。「老人肺」と呼ばれることもある、加齢にともなう変化です。
  • 胸郭(肋骨・背骨)が硬くなる:背骨の変形や肋骨まわりの硬さにより、胸が広がりにくくなり、呼吸に必要な労力が増えます。
  • 呼吸筋の筋力の低下:横隔膜などの呼吸を担う筋肉も、手足の筋肉と同様に加齢の影響を受けます(筋肉の加齢についてはサルコペニアで扱っています)。
  • 防御機能の低下:せきの反射や線毛の働きが弱まり、異物や病原体を外へ出す力が落ちます。
  • 息苦しさを感じにくくなる:血液中の酸素が減ったときや二酸化炭素が増えたときに、呼吸を強めようとする反応や、「息苦しい」と感じる感覚そのものが、加齢とともに鈍くなる傾向があると報告されています。

最後の点は、あとでお伝えする「救急の現場」の話につながる、とても重要なポイントです。

「ピークの高さ」と「下り坂の速さ」——COPDの2つの道筋

肺の加齢を考えるうえで知っておきたいのが、COPD(慢性閉塞性肺疾患)です。主にたばこの煙などの有害物質を長年吸い込むことで、気道や肺胞が傷み、息を吐き出しにくくなる病気です。

1970年代に英国で行われた古典的な研究は、喫煙の影響を受けやすい人では1秒量の低下が加速すること、そして禁煙すれば、失われた肺機能は戻らないものの、その後の低下の速さは非喫煙者に近いペースへ戻ることを示しました[2]。「いつ禁煙しても遅すぎることはない」と言われる根拠のひとつです。

一方、2015年に発表された研究は、もうひとつの道筋を示しました。3つの大規模な集団を追跡した結果、COPDを発症した人のおよそ半数は、下り坂が特別に急だったわけではなく、若い時期の肺機能のピークがもともと低めだったことが報告されたのです[3]。

つまり肺の老化は、「どこまで高く登ったか(ピーク)」と「どのくらいの速さで下るか(低下速度)」の2つで決まります。ピークは幼少期から若年期の環境にも左右されるため、今から変えることはできませんが、下り坂の速さは、禁煙をはじめとする今日からの行動で変えていける部分があります。

日本には「気づかれていないCOPD」が多い

日本で40歳以上の約2,300人に呼吸機能検査を行った大規模な疫学調査(NICE研究)では、気流制限(COPDが疑われる所見)が10.9%の人にみられました。ところが、そのうち以前にCOPDと診断されていた人は9.4%にすぎませんでした[4]。

また、気流制限がみられた人の割合は、40代では3.5%だったのに対し、70歳以上では24.4%に達していました[4]。

これは、多くの人が、呼吸機能の低下に気づかないまま、あるいは「年のせい」「運動不足のせい」と考えたまま過ごしている可能性を示しています。COPDはゆっくり進むため、体が少しずつ慣れてしまい、息切れを避けるように無意識に活動量を減らしていく——その結果、さらに体力が落ちるという悪循環に入りやすい病気です。

日常で意識できること

肺の加齢変化そのものを止める方法は確立していませんが、下り坂をゆるやかにし、見逃しを防ぐ工夫はあります。

  • 禁煙する。 肺にとって最も確かな対策です。加熱式たばこを含め、煙やエアロゾルを吸い込む習慣は見直しをおすすめします。
  • 一度、呼吸機能検査(スパイロメトリー)を受けておく。 特に喫煙歴のある40歳以上の方は、症状がなくても一度確認しておくと、その後の変化を比べる基準になります。
  • 体を動かす習慣を保つ。 息切れを避けて活動量が減ると、呼吸筋を含む全身の筋力が落ちる悪循環に入りやすくなります。無理のない範囲で、歩く習慣を続けることが大切です。
  • 感染症の予防を意識する。 加齢とともに肺の防御機能や免疫の働きは変化します(「免疫の老化」とは)。インフルエンザや肺炎球菌などのワクチン接種については、年齢や持病に応じてかかりつけ医とご相談ください。
  • 口の中を清潔に保つ。 高齢になると、食べ物や唾液が気づかないうちに気管へ入り込む「誤嚥(ごえん)」が起こりやすくなります。口腔ケアは、その際の肺への負担を減らす基本的な対策とされています。

なお、長引く慢性的な炎症が全身の加齢に関わるという考え方については、慢性炎症と老化「インフラメイジング」で扱っています。

「高齢者の肺炎は、”なんとなく元気がない”でやってくる」——救急医の視点から

私は銀座数寄屋橋クリニックの院長を務める前、約20年にわたり国立の医療機関で救急医として勤務し、延べ約36,000人の患者さんの診療にあたってきました。

救急の現場で、肺の加齢がもっとも鮮明に表れると感じていたのが、高齢の方の肺炎です。

若い方の肺炎であれば、高い熱、激しいせき、胸の痛み、はっきりとした息苦しさ——と、分かりやすい症状がそろうことが多いものです。ところが高齢の方では、熱がほとんど出ない、せきも目立たない、本人も「苦しい」とは言わない。ご家族が気づいたのは、「朝から食欲がない」「なんとなくぼんやりしている」「いつもより動きが少ない」という変化だけ——そうして運ばれてきた方の血液中の酸素を測ってみると、大きく下がっていた、という場面を何度も経験しました。

先ほどお伝えしたとおり、年齢とともに、酸素が足りなくなったときに「息苦しい」と感じる感覚そのものが鈍くなる傾向があります。つまり、高齢になるほど「本人が息苦しさを訴えない」ことは、「肺が大丈夫である」ことを意味しないのです。

だからこそ私は、2つのことをお伝えしています。ひとつは、ご本人が息切れを自覚したときには、それを「年のせい」にせず、呼吸器内科や循環器内科で原因を確かめていただくこと。もうひとつは、ご家族が高齢の方の「なんとなくいつもと違う」に気づいたときは、熱やせきがなくても、肺炎を含めた体の病気の可能性を考えて早めに受診していただくことです。

まとめ

  • 肺は全身に酸素を取り込む「入口」であり、外気から体を守る防御の最前線でもあります。呼吸機能の代表的な指標である1秒量(FEV1)は20代前半ごろをピークに、年齢とともにゆるやかに低下します。
  • 加齢により、肺のしなやかさ、胸郭の柔らかさ、呼吸筋の筋力、せきや線毛による防御機能が変化し、さらに息苦しさを感じる感覚そのものも鈍くなる傾向があります。
  • COPDには「低下が加速する道筋」と「ピークがもともと低い道筋」があり、禁煙すれば低下の速さは非喫煙者に近いペースに戻ることが示されています。日本の調査では40歳以上の10.9%に気流制限がみられ、以前に診断されていたのはそのうち9.4%にとどまりました。
  • 息切れは「年のせい」と自己判断せずに原因を確認すること、高齢の方の「なんとなく元気がない」を見逃さないこと、禁煙・呼吸機能検査・運動・感染予防・口腔ケアを意識することが、肺と長くつきあうための基本になります。

肺の働きは、ふだんは意識されることのないまま、一日2万回の呼吸を黙々と支えています。息が切れる、と感じたときは、それを肺と心臓からの大切なメッセージとして受け取っていただければと思います。

当院はストレスフリー療法を専門に提供しており、末梢のめぐりや、炎症を鎮める方向にはたらく体内物質(IL-10)など免疫のはたらきに着目しながら、穏やかな温熱刺激を通じて体の土台を支えることを目指しています(研究知見にもとづく予備的なもので、はたらき方や結果には個人差があり、費用は全額自己負担となります)。ただし当院は呼吸器疾患の専門診療は行っておりません。 息切れやせき、たんなど気になる症状がある場合は、当院にご相談ください(必要に応じて専門の病院を紹介いたします)。その科学的な考え方についてはストレスと老化の科学で解説しています。

日々の体調とのつきあい方にご関心のある方は、施術の流れや費用をまとめた当院のメニュー・料金ページもあわせてご覧ください。


よくある質問

Q. 健診で「肺年齢」が実年齢より高いと言われました。どうすればよいですか?
A. 肺年齢は、1秒量をもとに同じ性別・身長の人の標準値と比べて算出される目安です。実年齢より高い場合、喫煙の影響やCOPD、ぜんそくなどが隠れている可能性もあるため、一度当院にご相談いただくか、呼吸器内科で詳しい呼吸機能検査を受けることをおすすめします。喫煙されている方は、禁煙がもっとも確かな対策です。禁煙外来の利用も選択肢になります。

Q. たばこを長年吸ってきました。今から禁煙しても意味はありますか?
A. あります。古典的な研究では、禁煙しても失われた肺機能そのものは戻らないものの、その後の低下の速さは非喫煙者に近いペースへ戻ることが示されています。何歳からの禁煙でも、その後の肺の下り坂をゆるやかにする意味があると考えられています。自力での禁煙が難しい場合は、当院にご相談いただくか、医療機関の禁煙外来をご利用ください。

Q. 高齢の親が、熱もせきもないのに急に元気がなくなりました。様子を見てもよいですか?
A. 高齢の方の肺炎などの感染症は、熱やせきといった典型的な症状が目立たず、「食欲がない」「ぼんやりしている」「動きが少ない」といった変化だけで現れることがあります。いつもと明らかに様子が違う場合は、様子を見続けずに、早めに当院にご相談いただくか、医療機関を受診してください。呼吸が速い、唇の色が悪い、意識がはっきりしないといった場合は、救急の受診をためらわないでください。

参考文献

  • Sharma G, Goodwin J.「Effect of aging on respiratory system physiology and immunology」(2006年、Clinical Interventions in Aging, 1(3):253–260)— 加齢に伴う胸郭・肺実質・呼吸筋の変化、息苦しさの感覚や低酸素・高二酸化炭素への換気応答の低下、呼吸器の免疫機能の変化を整理した総説。PMID:18046878. 出典
  • Fletcher C, Peto R.「The natural history of chronic airflow obstruction」(1977年、British Medical Journal, 1(6077):1645–1648)— 喫煙の影響を受けやすい人で1秒量の低下が加速すること、禁煙によりその後の低下速度が正常に近づくことを示した古典的研究。PMID:871704. 出典
  • Lange P, Celli B, Agustí A, et al.「Lung-Function Trajectories Leading to Chronic Obstructive Pulmonary Disease」(2015年、The New England Journal of Medicine, 373(2):111–122)— 3つのコホートを解析し、COPDの発症には「1秒量の低下が加速する経路」だけでなく「若年成人期のピークがもともと低い経路」があることを示した研究。doi:10.1056/NEJMoa1411532. 出典
  • Fukuchi Y, et al.「COPD in Japan: the Nippon COPD Epidemiology study」(2004年、Respirology, 9(4):458–465)— 日本の40歳以上2,343人に呼吸機能検査を行い、気流制限の有病率10.9%、うち既診断は9.4%であったことを報告した疫学研究(NICE研究)。doi:10.1111/j.1440-1843.2004.00637.x. PMID:15612956. 出典
  • Ryotokuji K, et al.「Effect of Stress-Free Therapy on immune system: Induction of Interleukin 10 expression in lymphocytes through activation of regulatory B cells」(2015年、Laser Therapy, 24:179–188)— ストレスフリー療法と抗炎症性サイトカインIL-10に関する研究(小規模・予備的な研究であり、呼吸機能や呼吸器疾患への効果を検討したものではありません)。

※上記の研究知見は肺の加齢に関する一般的な理解を示すものであり、個々の方の将来の病気を予測したり、特定の検査・治療による効果を保証したりするものではありません。海外の研究データを日本人にそのまま当てはめることはできません。ストレスフリー療法に関する研究は小規模・予備的なものを含み、はたらき方や結果には個人差があります。


本記事は健康に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の検査・治療・製品の効果を保証するものではありません。当院は呼吸器疾患の専門的診療は行っておりません。気になる症状がある場合は、自己判断せず、当院や婦人科・内科にご相談ください。呼吸が苦しい、意識がはっきりしないなどの場合は、ためらわず救急要請・救急受診をしてください。自由診療の費用は全額自己負担となります。体の状態には個人差があります。

監修医プロフィール

院長

佐藤 琢紀(サトウ タクノリ)

元国立国際医療研究センター国府台病院救急科診療科長。専門:救急医療、集中治療、ストレスフリー療法、全人的医療。経歴:東北大学医学部卒、順天堂大学大学院卒。命の最前線である救急医療に20年以上従事。「病気になる前に救う」ための戦略的医療を提唱し、2023年より銀座数寄屋橋クリニック院長に着任。救急科専門医、医学博士。

メッセージ
こんにちは、院長の佐藤琢紀です。救急医として約20年間、36,000人もの診療に当たってきました。「病気になる前に救いたい」という思いから、いまは予防と若返りの医療へ。専門的な話もできるだけ自分の言葉でやさしくお届けします。様々な情報が溢れる時代だからこそ、「元氣で楽しい人生」を送る“本物”のヒントを皆さまに提供してまいります。 こちらでお願いいたします。