人の名前が出てこない。何をしに立ち上がったのか忘れる。若い頃より新しいことを覚えるのに時間がかかる——こうした変化を「脳が老けてきた」と表現することがあります。

では、脳という臓器そのものには、実際に何が起きているのでしょうか。

肌のたるみや血管の硬さと違って、脳の変化は自分では見えません。それでも、この30年ほどの画像研究と組織研究によって、かなり具体的なことが分かってきました。同時に、まだ研究者の間で結論が割れている領域もあります。

この記事では、脳の加齢について「分かっていること」と「まだ議論が続いていること」を分けて整理します。

脳は一様に縮むのではなく、場所によって差がある

まず構造の話からです。

健康な成人を5年にわたって追跡し、脳の各部位の容積を繰り返し測定した研究があります。この研究で明らかになったのは、加齢による縮み方が部位によって大きく異なるということでした[1]。

尾状核、小脳、海馬、そして高次の処理を担う連合野では、はっきりした縮小が観察されました。一方、嗅内野の変化はわずかで、一次視覚野ではほとんど変化が見られませんでした[1]。

つまり、脳は全体が均等に痩せていくのではなく、部位ごとにかなり違うペースで変化していくということです。

もう一つ、この研究が示した重要な点があります。同じ年齢の人の間でも、変化の大きさに幅があるということです[1]。「何歳だから脳はこうなる」という一律の図式は、実態には合いません。

こうした変化は、老化研究で整理されてきた細胞・分子レベルの現象の、脳における現れ方だと考えることができます。その全体像については「老化の12の特徴」とはで扱っています。

「大人の脳で神経細胞は生まれるのか」——議論が続いている領域

海馬の話に進みます。記憶の形成に関わるこの部位については、長らく「大人になってからも新しい神経細胞が生まれている(成体神経新生)」と考えられてきました。

ところが、この点については現在も研究者の間で見解が分かれています

2018年、同じ年に対照的な二つの報告が発表されました。

一方の研究は、14歳から79歳までの方の脳を調べ、80歳近くになっても海馬で新しい神経細胞が生まれ続けていると報告しました。ただし同時に、新しい細胞のもとになる幹細胞のプール、血管の新生、そして可塑性に関わる要素は加齢とともに低下していたことも示しています[2]。

もう一方の研究は、子どもの時期に神経新生が急激に落ち込み、成人ではほとんど検出できない水準になると報告しました[3]。

なぜこれほど結論が食い違うのでしょうか。主な理由は、死後の脳組織をどう扱い、新しい神経細胞をどの目印で判定するかという方法論の違いにあると考えられています。生きた人間の脳で直接数えることができない以上、この論争は簡単には決着しません。

ここで申し上げたいのは、どちらが正しいかということではありません。「大人の脳でも神経細胞は増える」という言い方は、現時点では確定した事実として扱うべきではないということです。健康情報の中でこの主張を見かけたときは、そういう前提で受け取っていただければと思います。

脳血流という、もう一つの軸

構造とは別に、脳にどれだけ血液が流れているかという軸があります。

脳は体重のわずか2%程度の重さしかありませんが、安静時の全身の血流のうちかなりの割合を受け取り、酸素とブドウ糖を消費し続けています。しかも脳にはエネルギーを蓄えておく仕組みがほとんどありません。流れが減れば、その場で機能が落ちる臓器なのです。

届いた酸素とブドウ糖からエネルギーを取り出す作業は、細胞内のミトコンドリアが担っています。この小器官の加齢に伴う変化についてはミトコンドリアと若さでくわしく扱っています。また、脳の加齢には、はっきりした症状を伴わない軽度の炎症が関わることも指摘されています。この「インフラメイジング」という考え方については慢性炎症と老化をご覧ください。

健康な加齢における脳血流の変化を、複数の研究を横断して整理した総説によると、加齢に伴って脳血流は低下する傾向があり、その程度は測定法や部位によって幅があるとされています[4]。灰白質でより明確に、白質では比較的小さい変化が観察されるという報告が多くを占めます。

血流の話は、脳だけで完結しません。全身の血管のしなやかさが失われれば、その影響は脳の血管にも及びます。この点については「血管年齢」とは何かで、細い血管の側から見た視点は「ゴースト血管」と若返りで扱っています。

なお、脳血流と日中のパフォーマンスの関係については集中力を上げるには?脳の血流とパフォーマンスで、頭がぼんやりする感覚そのものについてはブレインフォグとはで、それぞれ別の角度から解説しています。

眠っている間に、脳は洗われている

近年になって注目されるようになったのが、睡眠中の老廃物の排出という視点です。

2013年に発表された研究は、マウスを用いた実験で、睡眠中には覚醒時に比べて脳内の代謝老廃物の排出が速く進むことを報告しました[5]。眠っている間に細胞と細胞の間の隙間が広がり、脳脊髄液が流れ込みやすくなるという仕組みが提唱されています。

この排出システムは「グリンパティック系」と呼ばれ、加齢に伴ってその働きが低下する可能性が議論されています。ただし、この分野の知見の多くは動物実験にもとづくものであり、人間でどこまで同じことが起きているかは検証が進んでいる途中です。

それでも、「眠りは脳にとって受け身の休息ではなく、能動的な処理の時間らしい」という理解の枠組みは、日々の生活を考えるうえで示唆に富んでいると思います。睡眠そのものの質については寝ても疲れが取れないのはなぜ?、体内時計と加齢の関係については体内時計の乱れと老化で扱っています。

落ちる能力と、保たれる能力がある

ここまで構造・血流・排出という「ハード」の話をしてきましたが、機能の面も少し補っておきます。

大規模な横断研究によれば、いくつかの認知機能の指標は、健康で教育を受けた成人において20代から30代のうちにすでに緩やかな低下が始まっていることが報告されています[6]。意外に早い、と感じられるかもしれません。

ただし、これはあくまで「情報を素早く処理する」タイプの能力の話です。語彙や知識、経験にもとづく判断といった能力は、加齢とともにむしろ蓄積していくことが知られています。この「落ちる能力と伸びる能力」の対比については、経営判断を鈍らせる「脳の加齢」で意思決定の観点からくわしく扱っています。

脳の老化を考えるときは、失われるものだけを数えないことが、実は事実に忠実な態度だと考えています。

脳のために、日常で意識できること

確立した医学的知見の範囲で、一般的に言えることを整理します。

  • 睡眠を削らない。 睡眠中の脳の処理については研究が進んでいる最中ですが、睡眠不足が日中の認知機能を落とすことは十分に確立しています。
  • 血圧・血糖・脂質に目を向ける。 脳の血管は全身の血管の一部です。中年期の血管リスク因子への対応は、脳の健康を考えるうえで根拠のもっとも厚い領域のひとつです。
  • 体を動かす。 有酸素運動が脳血流や認知機能に及ぼす影響については、研究が積み重ねられています。
  • 慢性的なストレス状態を放置しない。 ストレスホルモンと脳の関係についてはコルチゾールを下げる科学で扱っています。
  • 人と関わる、新しいことに触れる。 知的・社会的な活動の多さは、加齢に伴う認知機能の変化と関連が指摘されています。

いずれも目新しさはありませんが、根拠の厚さという意味では、目新しい方法よりこちらのほうが確かです。

「脳は、いちばん早く失われる臓器」——救急医の視点から

私は銀座数寄屋橋クリニックの院長を務める前、約20年にわたり国立の医療機関で救急医として勤務し、延べ約36,000人の患者さんの診療にあたってきました。

救急の現場で脳について繰り返し思い知らされたのは、この臓器が血流の途絶に対して、どの臓器よりも脆いという事実でした。

心臓が止まれば、まず意識が失われます。他の臓器がまだ持ちこたえている段階で、脳はすでに時間との勝負に入っています。脳卒中の診療で、発症から治療開始までの時間がその後の回復を大きく左右するのも、同じ理由からです。

腎臓には透析があり、肝臓は再生する力を持っています。しかし脳には、機能をまとめて肩代わりする手段がありません。失われた神経回路が元通りになるわけでもありません。

私が救急を離れて予防の側に軸足を移したのは、この経験と無関係ではありません。救急で扱うのは、血流が「止まった」あとの数分です。しかし血流というものは、止まる前から少しずつ、何十年もかけて変わっていきます。

その長い時間のほうに手を添えられないだろうか——脳という臓器について考えるとき、私はいつもそのことを思います。

もっとも、これは「予防をすれば脳の老化を止められる」という意味ではありません。そこまでのことは、現在の医学では誰も言えません。ただ、脳が血流に依存する臓器であるという事実だけは、救急の現場で何度も確かめてきたことです。全身のめぐりを整えるという地味な発想には、少なくともその一点で根拠があると考えています。

まとめ

  • 脳は加齢とともに一様に縮むのではなく、部位によって変化の大きさが異なります。また、同じ年齢でも個人差が大きいことが縦断研究で示されています。
  • 大人の海馬で新しい神経細胞が生まれるかどうかについては、2018年に正反対の報告が並び、現在も議論が続いています。「大人の脳でも神経細胞は増える」という主張は、確定した事実としてではなく、検証が続いている論点として受け取るのが妥当です。
  • 脳血流は加齢に伴って低下する傾向が報告されており、脳がエネルギーを蓄えられない臓器であることを踏まえると、めぐりという視点は脳の加齢を考えるうえで欠かせません。また、睡眠中の老廃物排出という仕組みも注目されていますが、知見の多くは動物実験にもとづく段階です。
  • 処理の速さに関わる能力は比較的早い時期から緩やかに低下する一方、知識や経験にもとづく能力は加齢とともに蓄積していきます。失われるものだけを数えないことが、事実に忠実な見方です。

脳の加齢については、確立していることと議論が続いていることが混在しています。だからこそ、断定的な情報に出会ったときほど、いったん立ち止まっていただければと思います。

当院はストレスフリー療法を専門に提供しており、全身のめぐりと自律神経のバランスという土台に着目しながら、体の状態を支えることを目指しています(血流に関する小規模・予備的な研究知見にもとづくもので[7]、はたらき方や結果には個人差があり、認知機能や脳の加齢そのものへの効果を示すものではありません。費用は全額自己負担となります)。その科学的な考え方についてはストレスと老化の科学で解説しています。

体のめぐりや生物学的な年齢にご関心のある方は、施術の流れや費用をまとめた当院のメニュー・料金ページもあわせてご覧ください。


よくある質問

Q. 脳トレやパズルは、脳の老化を防ぎますか?

A. 練習した課題そのものの成績が上がることは繰り返し確認されていますが、それが日常生活全般の認知機能や、将来の認知症のリスクにまで及ぶかどうかについては、研究によって結論が分かれています。楽しんで続けられるのであれば意味のある活動だと思いますが、「これさえやれば大丈夫」という位置づけで捉えないほうがよい、というのが現時点での妥当な理解だと考えています。

Q. 物忘れが増えてきました。これは加齢によるものでしょうか、それとも病気でしょうか。

A. 加齢に伴う変化と病的な変化の境目は、症状だけで判断することが難しい領域です。目安として、日常生活に支障が出ているか本人よりまわりの方が変化に気づいているか短期間で進んでいるかといった点は重要な手がかりになります。気になる場合は、自己判断せずに、かかりつけの医療機関か物忘れ外来にご相談ください。

Q. 脳血流を増やせば、脳は若返りますか?

A. 「血流が増えれば脳が若返る」と言えるだけの根拠は、現時点ではありません。脳がエネルギーを蓄えられない臓器であり、血流に強く依存していることは確立した事実ですが、そこから「血流を増やす介入が脳の加齢を巻き戻す」という結論を導くことはできません。血流は脳の健康を支える必要条件のひとつであって、それだけで十分な条件ではない、とお考えいただくのが正確です。

参考文献

  • Raz N, Lindenberger U, Rodrigue KM, Kennedy KM, Head D, Williamson A, et al.「Regional Brain Changes in Aging Healthy Adults: General Trends, Individual Differences and Modifiers」(2005年、Cerebral Cortex, 15(11):1676–1689)— 健康な成人を5年間追跡し、脳の部位ごとの容積変化とその個人差を示した縦断研究。doi:10.1093/cercor/bhi044. 出典
  • Boldrini M, Fulmore CA, Tartt AN, Simeon LR, Pavlova I, Poposka V, et al.「Human Hippocampal Neurogenesis Persists throughout Aging」(2018年、Cell Stem Cell, 22(4):589–599)— 高齢者の海馬でも神経新生が持続する一方、幹細胞プールや血管新生は低下することを報告した研究。doi:10.1016/j.stem.2018.03.015. 出典
  • Sorrells SF, Paredes MF, Cebrian-Silla A, Sandoval K, Qi D, Kelley KW, et al.「Human hippocampal neurogenesis drops sharply in children to undetectable levels in adults」(2018年、Nature, 555(7696):377–381)— 上記と対照的に、成人の海馬では神経新生がほとんど検出されないと報告した研究。doi:10.1038/nature25975. 出典
  • Graff BJ, Harrison SL, Payne SJ, El-Bouri WK.「Regional Cerebral Blood Flow Changes in Healthy Ageing and Alzheimer’s Disease: A Narrative Review」(2023年、Cerebrovascular Diseases, 52(1):11–20)— 健康な加齢とアルツハイマー病における局所脳血流の変化を、測定法の違いを含めて整理した総説。doi:10.1159/000524797. 出典
  • Xie L, Kang H, Xu Q, Chen MJ, Liao Y, Thiyagarajan M, et al.「Sleep Drives Metabolite Clearance from the Adult Brain」(2013年、Science, 342(6156):373–377)— マウスにおいて、睡眠中に脳内の代謝老廃物の排出が促進されることを示した研究。doi:10.1126/science.1241224. 出典
  • Salthouse TA.「When does age-related cognitive decline begin?」(2009年、Neurobiology of Aging, 30(4):507–514)— 複数の認知機能指標について、比較的早い年代から緩やかな低下が始まることを示した横断研究。doi:10.1016/j.neurobiolaging.2008.09.023. 出典
  • Ryotokuji K, et al.「Effect of Stress-free Therapy on Cerebral Blood Flow」(2014年、Laser Therapy, 23:9–12)— ストレスフリー療法と脳血流に関する予備的な研究。

※上記の研究知見は脳の加齢に関する現時点での整理を示すものであり、特定の治療による効果や若返り、認知症の予防を保証するものではありません。ストレスフリー療法に関する研究は小規模・予備的なものを含み、認知機能を対象とした研究ではありません。はたらき方や結果には個人差があります。


本記事は健康に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の検査・治療・製品の効果を保証するものではありません。自由診療の費用は全額自己負担となります。健康に関する不安がある場合は医療機関にご相談ください。体の状態には個人差があります。

監修医プロフィール

院長

佐藤 琢紀(サトウ タクノリ)

元国立国際医療研究センター国府台病院救急科診療科長。専門:救急医療、集中治療、ストレスフリー療法、全人的医療。経歴:東北大学医学部卒、順天堂大学大学院卒。命の最前線である救急医療に20年以上従事。「病気になる前に救う」ための戦略的医療を提唱し、2023年より銀座数寄屋橋クリニック院長に着任。救急科専門医、医学博士。

メッセージ
こんにちは、院長の佐藤琢紀です。救急医として約20年間、36,000人もの診療に当たってきました。「病気になる前に救いたい」という思いから、いまは予防と若返りの医療へ。専門的な話もできるだけ自分の言葉でやさしくお届けします。様々な情報が溢れる時代だからこそ、「元氣で楽しい人生」を送る“本物”のヒントを皆さまに提供してまいります。 こちらでお願いいたします。