世界の「ロンジェビティクリニック」——長寿医療の潮流と日本の現在地
ここ数年、海外の医療関連のニュースで「ロンジェビティ(longevity=長寿)」という言葉を目にする機会が増えました。長寿科学を掲げる専門クリニックが各国に生まれ、投資が集まり、医師向けの教育プログラムまで整備されはじめています。
一方で、この言葉には少し独特の使われ方がつきまといます。厳密な学術用語として使われることもあれば、明確な定義を持たないまま看板として使われることもある。だからこそ「実際のところ、何が行われているのか」が見えにくい分野でもあります。
この記事では、ロンジェビティ医療という分野がどこから生まれ、世界でどう広がり、そして何がまだ分かっていないのかを、業界の動向として整理します。日本にお住まいの方が、この分野の情報に触れたときの見取り図になればと思います。
出発点は「ジェロサイエンス」という考え方
ロンジェビティ医療の背景にあるのは、ジェロサイエンス(geroscience)と呼ばれる研究の潮流です。
従来の医療は、病気ごとに向き合ってきました。心臓の病気には循環器、がんには腫瘍内科、糖尿病には内分泌代謝——という具合です。これは合理的な分業でしたが、一つ大きな共通項が抜け落ちていました。
それらの病気のほとんどにとって、最大の危険因子は「加齢」そのものであるという事実です。
そこで、「個々の病気を追いかけるのではなく、その上流にある老化の仕組みに働きかければ、複数の病気をまとめて遅らせられるのではないか」という発想が出てきました。2014年に発表された総説は、この考え方を「ジェロサイエンス」として明確に位置づけ、健康寿命(ヘルススパン)の延伸に向けた研究の拡大を訴えています[1]。
老化の仕組みそのものは、細胞・分子レベルの現象として整理が進んでいます。この全体像については「老化の12の特徴」とはでくわしく解説していますので、あわせてご覧ください。
「臨床の分野」としての輪郭
研究の潮流が生まれてから、それを診療の場に持ち込もうという動きが始まります。
2021年には、老化の深いバイオマーカーにもとづく「高度に個別化された予防医療」として長寿医療(longevity medicine)を定義し、医師をこの分野で再教育していく必要があると論じた文章が学術誌に掲載されました[2]。実際にこの数年、医師向けのオンライン教育プログラムや学会活動が各国で立ち上がっています。
つまりロンジェビティ医療は、いま「研究から臨床へ渡る途中」にあります。輪郭は描かれ始めましたが、標準化された診療指針が確立しているとは言えない段階です。この点は、この分野の情報に触れるときの前提として押さえておくとよいと思います。
世界の施設で行われていることを、3つの層で整理する
各国の施設が掲げる内容はさまざまですが、大まかに3つの層に整理できます。なお、以下はあくまで分野の動向の整理であり、特定の施設の内容を紹介するものでも、その有効性を保証するものでもありません。
第1層:測る
もっとも共通しているのがこの部分です。通常の健康診断より踏み込んだ検査を行い、暦の上の年齢とは別の「体の状態」を数値化しようとします。
血液・代謝の詳細な項目、炎症や酸化ストレスの指標、ホルモン、体組成、画像検査、そしてDNAのメチル化パターンにもとづく生物学的年齢の推定などが用いられます。測定という営み全体の考え方については生物学的年齢はどう測る?で、メチル化にもとづく推定についてはエピジェネティック・クロックで解説しています。
そもそも「暦年齢と体の年齢はずれる」という発想については、「老化時計」とは何かが入口になります。
第2層:整える
測定結果をもとに、生活習慣(睡眠・運動・栄養・ストレス)への介入を組み立てる層です。施設によっては、点滴や薬剤、各種の物理療法などを組み合わせるところもあります。
内容の幅がもっとも大きいのがこの層で、確立した医学的根拠のある介入と、まだ研究段階の介入が混在しているのが実情です。
第3層:検証する
一定期間ののちに再測定し、変化を見るという層です。
この「測って、整えて、また測る」というループ自体は、医学的には理にかなった発想です。ただし後述するように、測定指標そのものの臨床的な意味づけがまだ確立していないという制約が、このループ全体にかかっています。
具体的な検査項目の中身についてはアンチエイジングドックとはで、費用や制度の枠組みについては予防医学としての自由診療という選択で扱っています。
この分野が、まだ答えを持っていないこと
ここが本記事でもっとも大切な部分だと考えています。
老化そのものを「治療対象」として扱う枠組みが未整備
現在の医療制度は、病気を治すことを前提に組み立てられています。老化は病気ではないため、「老化に働きかける介入」を薬事承認の枠組みでどう評価するかという土台が、まだ十分に整っていません。
この壁を越えようという試みとして知られているのが、既存の糖尿病治療薬を用いて、加齢に伴う複数の疾患の発症をまとめて評価しようという臨床試験の構想です[3]。こうした試験の設計自体が、「老化を対象とした臨床試験はどうあるべきか」という問いへの実践的な回答として議論されてきました。
「体の年齢」の測定が、まだ検証の途上にある
そしてもう一つ。世界中の施設が「測る」ことを前面に出しているにもかかわらず、老化のバイオマーカーは、臨床で使える指標としての検証がまだ完了していません。
2023年に発表された国際的な研究者グループによる論文は、老化バイオマーカーの分類と検証の枠組みを提案したうえで、妥当性の確認にはなお多くの課題が残っていることを明確に述べています[4]。
これは「測ることに意味がない」という話ではありません。研究上の指標としての有用性は蓄積しています。ただし、「この数値が改善したから、この人は長く健康でいられる」と言い切れる段階にはまだない——この区別は、情報を受け取る側として持っておいたほうがよい視点だと考えています。
費用と説明のバランス
この分野の多くは自費診療です。したがって、費用に見合う説明が尽くされているかどうかが、受け手にとっての実質的な判断材料になります。
- その検査は何を測っていて、何を測っていないのかが説明されているか
- 提案される介入は、確立した根拠にもとづくものか、研究段階のものかが区別して伝えられているか
- 効果を保証する表現が使われていないか(医療において、効果の保証はそもそも行えません)
- 総額と、継続した場合の費用が事前に明示されているか
企業や個人が健康にお金を投じるときの考え方の枠組みについては、経営者の健康投資でも整理しています。
日本の現在地
では、日本はどこにいるでしょうか。
日本は世界でもっとも長寿な国のひとつであり、その意味では「長寿の先進国」です。しかし平均寿命と健康寿命の間には差があります。厚生労働省の集計によれば、2022(令和4)年の健康寿命は男性72.57年、女性75.45年で[5]、同年の平均寿命との差は男性で約8.5年、女性で約11.6年でした。
この差は、直近十数年でわずかずつ縮まってきていますが、依然として大きな幅があります。長く生きることと、健康なまま長く生きることの間には、まだ距離がある——これが日本の現在地を示す、もっとも端的な数字だと思います。
制度面では、日本の保険診療は病気の治療に対して手厚く設計されており、老化に働きかける介入は基本的にその枠の外に置かれます。そのため、この領域は自費診療として提供されることになります。
言い換えれば、日本におけるロンジェビティ医療は、「制度の外にあるものを、どういう説明責任のもとで提供するか」という問いとセットで存在しています。富裕層・経営者層に向けたサービスとしての側面については富裕層のための長寿医療という選択でも扱っています。
「時間軸の両端を見てきた」——救急医の視点から
私は銀座数寄屋橋クリニックの院長を務める前、約20年にわたり国立の医療機関で救急医として勤務し、延べ約36,000人の患者さんの診療にあたってきました。
救急医療とロンジェビティ医療は、一見すると正反対の場所にあります。救急が扱うのは「今日の数時間」です。目の前の一分一秒で結果が変わる世界で、私はずっと仕事をしてきました。
その一方で、救急の現場でいちばん強く感じていたのは、実は時間の長さのほうでした。
搬送されてくる方の多くは、その日に何かが始まったわけではありません。何十年かけて進んだ血管の変化が、たまたまその日、事象として表面化した——そういう場面を数え切れないほど見てきました。カルテに残るのは「その日」だけですが、その背後には長い時間が横たわっています。
だから私は、ロンジェビティ医療という分野を、救急医療の対極ではなく同じ一本の時間軸の反対側だと捉えています。生と死はまさに表裏一体と言い換えてもよいかもしれません。少々乱暴なまとめ方をすれば、救急が扱うのは終端の数時間、長寿医療で扱うのはその手前の数十年です。そして、その数十年の積み重ねは、終端の数時間における医療介入の結果にも小さくない影響を与えます。同じ処置をしても、そこにたどり着くまでにどんな体を作ってきたかで、その先は変わってくるのです。
ただし、扱う時間が長いということは、結果が出るまでの検証も長くかかるということでもあります。救急では処置の是非が数時間で分かります。この分野ではそうはいきません。だからこそ、断定を避け、分かっていることと分かっていないことを分けて話す姿勢が、救急以上に求められる領域だと考えています。
まとめ
- ロンジェビティ医療の背景には、「個々の病気ではなく、その上流にある老化の仕組みに働きかける」というジェロサイエンスの発想があります。臨床の分野として輪郭が描かれ始めたのはここ数年のことで、標準化された診療指針が確立している段階ではありません。
- 世界の施設で行われていることは、大きく「測る/整える/検証する」の3層に整理できます。ただし介入の内容には、確立した根拠のあるものと研究段階のものが混在しています。
- もっとも重要な留保は、老化のバイオマーカーが臨床指標としてまだ検証の途上にあることです。数値の改善が将来の健康にどうつながるかは、多くがこれからの研究に委ねられています。
- 日本は長寿国でありながら、平均寿命と健康寿命の間には依然として大きな差があります。この差にどう向き合うかが、日本におけるこの分野の出発点だと考えています。
新しい分野の情報に触れるときは、期待と留保を両方持っておくことが、結果的にいちばん損の少ない向き合い方だと思います。分かっていることと、これから確かめられることを、分けて受け取っていただければ幸いです。
当院はストレスフリー療法を専門に提供しており、こうした長寿科学の枠組みの中で語られる複数の指標に着目しながら、穏やかな温熱刺激を通じて体の土台を支えることを目指しています(研究知見にもとづく予備的なもので[6]、はたらき方や結果には個人差があり、費用は全額自己負担となります)。その科学的な考え方についてはストレスと老化の科学で解説しています。
長寿医療という分野にご関心のある方は、施術の流れや費用をまとめた当院のメニュー・料金ページもあわせてご覧ください。
よくある質問
Q. 「ロンジェビティクリニック」に統一された定義や資格はあるのですか?
A. 現時点では、国際的に統一された定義や標榜の基準はありません。医師向けの教育プログラムや学会活動は各国で立ち上がっていますが[2]、名称の使用そのものを規制する枠組みは整っていないのが実情です。したがって、看板の言葉ではなく、何をどういう根拠で行っているかを個別に確認する必要があります。
Q. 生物学的年齢を測れば、自分があと何年健康でいられるか分かりますか?
A. 現時点では、そこまでの精度は確認されていません。老化のバイオマーカーは研究上の指標としては有用性が蓄積していますが、個人の将来を予測する臨床指標としての検証は途上にあります[4]。集団の傾向を示す数字を、そのまま個人の予後として読むことはできない、とお考えください。
Q. 海外の施設で受けたほうがよいのでしょうか?
A. どこで受けるかよりも、説明の中身のほうが判断材料として確かだと考えています。何を測っているのか、その介入は確立した根拠にもとづくのか研究段階なのか、費用の総額はいくらか。これらが明確に説明されるかどうかは、国や施設の所在地とは別の問題です。また、渡航を伴う場合は、体調が変化したときのフォローをどこで受けるかという実務的な点も、あらかじめご確認いただくとよいと思います。
参考文献
- Kennedy BK, Berger SL, Brunet A, Campisi J, Cuervo AM, Epel ES, et al.「Geroscience: Linking Aging to Chronic Disease」(2014年、Cell, 159(4):709–713)— 加齢が慢性疾患の最大の危険因子であることを踏まえ、老化研究を健康寿命の延伸に結びつける「ジェロサイエンス」の枠組みを提示した論説。doi:10.1016/j.cell.2014.10.039. 出典
- Bischof E, Scheibye-Knudsen M, Siow R, Moskalev A.「Longevity medicine: upskilling the physicians of tomorrow」(2021年、The Lancet Healthy Longevity, 2(4):e187–e188)— 老化のバイオマーカーにもとづく個別化予防医療として長寿医療を定義し、医師教育の必要性を論じた論説。doi:10.1016/S2666-7568(21)00024-6. 出典
- Barzilai N, Crandall JP, Kritchevsky SB, Espeland MA.「Metformin as a Tool to Target Aging」(2016年、Cell Metabolism, 23(6):1060–1065)— 老化を対象とした臨床試験の設計上の課題と、既存薬を用いた検証の枠組みを論じた総説。doi:10.1016/j.cmet.2016.05.011. 出典
- Moqri M, Herzog C, Poganik JR, Biomarkers of Aging Consortium, Justice J, Belsky DW, et al.「Biomarkers of aging for the identification and evaluation of longevity interventions」(2023年、Cell, 186(18):3758–3775)— 老化バイオマーカーの分類・臨床応用の可能性と、妥当性検証に残された課題を整理した総説。doi:10.1016/j.cell.2023.08.003. 出典
- 厚生労働省「健康寿命の令和4年値について」および「令和4年簡易生命表」— 2022(令和4)年の健康寿命は男性72.57年・女性75.45年。同年の平均寿命との差は男性で約8.5年、女性で約11.6年。出典
- Ryotokuji K, et al.「Effect of Stress-free Therapy on Cerebral Blood Flow」(2014年、Laser Therapy, 23:9–12)— ストレスフリー療法と血流に関する予備的な研究。
※上記の研究知見は長寿医療という分野の現時点での到達点と課題を示すものであり、特定の施設・治療の効果や優劣を示すものではありません。ストレスフリー療法に関する研究は小規模・予備的なものを含み、はたらき方や結果には個人差があります。
本記事は健康に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の検査・治療・製品の効果を保証するものではありません。自由診療の費用は全額自己負担となります。健康に関する不安がある場合は医療機関にご相談ください。体の状態には個人差があります。
監修医プロフィール
院長
佐藤 琢紀(サトウ タクノリ)
元国立国際医療研究センター国府台病院救急科診療科長。専門:救急医療、集中治療、ストレスフリー療法、全人的医療。経歴:東北大学医学部卒、順天堂大学大学院卒。命の最前線である救急医療に20年以上従事。「病気になる前に救う」ための戦略的医療を提唱し、2023年より銀座数寄屋橋クリニック院長に着任。救急科専門医、医学博士。
- メッセージ
- こんにちは、院長の佐藤琢紀です。救急医として約20年間、36,000人もの診療に当たってきました。「病気になる前に救いたい」という思いから、いまは予防と若返りの医療へ。専門的な話もできるだけ自分の言葉でやさしくお届けします。様々な情報が溢れる時代だからこそ、「元氣で楽しい人生」を送る“本物”のヒントを皆さまに提供してまいります。 こちらでお願いいたします。
